令和8年11月の言葉

聞こうと欲するならば、聞いたことを増大する

聞いたことは、智慧を増大する

智慧によって道理を知る

道理を知ったならば、楽しみをもたらす

中村元訳『仏弟子の告白』

今月も『テーラガーター』から引用しました。

聖句では「聞いたこと」が智慧を、そして智慧から道理へと至る道筋が記されています。中村元先生は「聞いたこと」に「学識」と補われています。確かに聞くことは学ぶことでもあり、そこから知識が得られて蓄積されます。

ただ、ここで注意すべきは学識と智慧が区別されている点です。聖句中には説明がありませんが、学識は個別に関する知識であるのに対して、智慧は諸事物に行きわたる普遍的な決まりと説明されることがあります。個別の知識が増えて蓄積されることによって、それぞれの事柄の関係性などが理解され、より深い洞察へと繋がっていくのでしょう。

さらに聖句では、その智慧によって道理を知ると説かれます。ここでの道理とは、この世のあり方や真実というべきものであり、仏教が明らかにしようとする真理を指しているのではないかと思います。

仏教には「如実知見」という言葉があります。「ありのままに見る」という意味ですが、我々はしばしば先入観にとらわれて現実を正しく見ることができません。仏教ではこの偏った見方が苦しみや迷いの原因となると考えました。だからこそ、仏教は知識を蓄積し、智慧を深め、真実を体得することを重んじます。この聖句は、物事の正しい認識が我々に安らぎや幸福をもたらすことを示そうとしてくれています。