令和8年9月の言葉
いかなる常住なる生存も存在しない
またもろもろの形成されたものも
常住ではない。個人存在を構成する
五つの要素は、次から次へと、生じては滅びる
中村元訳『仏弟子の告白』
上記の聖句には仏教特有な考え方が示されています。内容を順に見て説明していきましょう。
まず「常住」とは永遠に変わることなく存在し続けることです。そして「生存」は、我々人間の存在と解釈して差し支えないでしょう。続く「形成されたもの」はさまざまな事象や現象を指しています。つまり前半部分では、人であれ現象であれ、永遠不変なものはないと説かれているのです。
さらに聖句では、「個人存在を構成する五つの要素」についても言及します。これは仏教でいう「五蘊」(ごうん)であり、色(肉体)・受(感受作用)・想(表象作用)・行(形成作用)・識(認識作用)の五つを指します。仏教では、人はこれらの要素が仮に集まって成り立っている存在であり、それぞれは常に変化していると考えます。しかも、これらの要素は、単独では成り立つことはなく、互いに関係し合って「自分」という人間として存在しているだけだと見ます。つまり、人間の中に「自分」という絶対的な存在を認めません。
我々は自分自身や身の回りの環境を固定的なものとして考えてしまいがちです。そのため、自らに不都合な変化に直面した際に、現実と認識との間に隔たりを感じてしまい、悩みや苦しみが生じます。仏教では、変化することこそが自然な姿であり、その事実を受け入れることで苦しみの解消を目指しました。

