令和8年6月の言葉
この心は、以前には、望むところに
欲するところに、快きがままに
さすらっていた。今やわたくしは
その心を適切に抑制しよう
中村元訳『仏弟子の告白』
先月に引き続き、今月も『テーラガーター』から聖句を選びました。
最初から3句目の途中までの記述について、何が問題なのか疑問に思われるのではないでしょうか。心を自由にしている点で肯定的に捉えるべき表現と考える方もおられることでしょう。
ただこれまでに何度も書いてきましたが、仏教では、我々人間を欲望にとらわれた存在であるとみなしています。普段自分の心について何も意識せず、その制御を怠っていると、心は欲望に侵食されていくと考えました。つまり、3句目前半までの心の状況とは、何も意識されず放置されて欲望に侵食されていることを意味しているのでしょう。
そして3句目後半からは、心の抑制を目指します。この「抑制」は「制御」や「コントロール」と言い換えても差し支えないでしょう。心を制御しようと自制・実践することにより、貪りや怒り、嫉みといった余計な感情(煩悩)を生じさせず、心乱れない状態を作り出せるとします。すなわち、心穏やかな状態がもたらされるのです。仏教の修行者は、この境地を得るために修行を行ってきました。おそらく、このことを吐露しているものと思われます。
自分も含めて、ほとんどの人は欲求に流されて、心が乱れがちになってしまいます。定期的にでもいいので、心の制御のために自分を律することを意識していきたいものです。

