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12月の言葉

 
 


心が清浄であるに従って
菩薩の仏国土が清らかになる
のであれば
どうして釈迦如来が居られる
この世界が不浄なのだろう

 

 
 

維摩経より

 
 

<解説>

    般若心経にも出てくる舎利子はある時ふと「釈迦世尊が住まわれるこの世界が娑婆世界と呼ばれて、こんなに不浄なのであろう。七つの宝によって飾られると言われるのに私にはこの大地が、高低や、イバラや崖や、溝や泥で一杯に見える。なのに何故仏国土は清浄に荘厳されると言われるのだろうか?」との疑問が湧いた。この疑問を前から知っておられたお釈迦様は舎利子に「道に高価な宝石が落ちているのに、それに気づかず、蹴散らしながら私は不幸だと言っている者がいる。この者は本当に不幸なのか?」と尋ねられた。舎利子は「いいえ、彼は無知のために折角落ちている宝石を拾うことができず嘆いているだけで、宝石が悪いのではなく、気付かなかった者が悪いのです。と答えた。
    お釈迦様は「舎利子よ、私の国土は清浄で間違いなく七宝にて煌びやかに荘厳されている。只お前に見えないだけだよ。と諭された。
    この問答をそばで聴いていた梵天が「大徳舎利子よ、釈迦牟尼世尊の仏国土が不浄に見えるのは、きっと貴方の心に高低があり、世尊の教えに対する信頼が清らかでないからでですよ。お釈迦様の御教えに絶対の信を置くならばこの娑婆世界がきっと清浄なものと映るでしょう。」と話した。
    皆様の心の清らかさに従って、私たちが住むこの世界も清浄となり、荘厳な仏国土となるです。

 
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