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2月の言葉

 
 

およそ苦しみがおこるのは、
全て動揺を縁として起る。
諸々の動揺が消滅するならば
もはや苦しみの生ずることもない

 
 
中村元「感興の言葉」より
 
 

2月15日は涅槃会、お釈迦様が煩悩の基である肉体を捨て、真の覚りにお入りになった日です。清水寺では「お釈迦さまの鼻くそ」をお供えし、お勤めの後、みんなで頂戴し、お釈迦様のお徳にあやかります。
さて、お釈迦様は涅槃にお入りになる時、最後の説法をして「自灯明、法灯明」と言う教えを説き、頼るべきは自分自身とみ仏の教えである。と説き示して下さったことは有名である。
しかし、頼るべき私自身は本当に頼れるのでしょうか? 頼るどころか、迷いの中から抜け出せずにいるのではないのでしょうか?
お釈迦様は苦しみや、迷いが起るのは全て動揺を縁として起る。と説かれている。
動揺とは愛に執着することから起る心の動揺。高慢から起る動揺、無知から起る動揺、人間の業から起る心の変化である。
この心の些細な変化即ち動揺が、本来静かに、安寧に暮らせるはずの人生を狂わせ、不幸を背い込むのです。
それでもお釈迦様が己自身を寄るべとせよ。と説かれたのは、不確かな他を寄るべとして苦の種を拾うより、自分を寄るべととして不幸を背負う方が後悔が少なくて済むことを教えて下さっているのでしょう。
私達はお釈迦様の教え、観音様の教えを善く聞き、その教えを実践して、頼れる己自身を作ることが大切だ。と示して下さっているのです。
み仏の説かれた経を読み、説かれた内容を善く覚え、その教えを実践することが大切です。
御教えの実践によって愛の醜さ、虚しさを知り、高慢の罪を感じ、生きとし生きるもの皆尊く、どこにも優劣はないことを体得するのです。
教えの実践によって諸々の心の動揺を沈めることが出来れば、私達は常に心穏やかに、全ての命あるものに慈しみの心を示すことが出来るようになるのです。
こうなると、もうどこにも苦しみ、悲しみは存在せず。私達は真の幸せを得ることが出来ます。

 
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