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今月の言葉は座禅の修行をするときの目標を説いたものです。
私達が眼や耳や鼻、舌等で認識する一切のものの中には必ず私達を幸福にしてくれるものが有る。
どんなに苦しくとも、どんなに悲しくても、どんなに傷つくことであっても、心の持ち方を変え、視点を変えるならばそれは喜びであり、心を浮き浮きと沸き立たせるものであり、幸せを与えてくれるものとなる。このことは私達個々の世界においても、仏の覚りの世界においても、多くの人が暮らす社会においても又同じである。と云う。
だから苦を殊更嫌い、苦を避け、苦から逃れるために無駄なあがきをする必要はない。もっと言えば「苦」を棄てることなく、その苦そのものを通して覚り即ち「幸せ」を得ることが出来るのだ。と教えている。
大乗仏教は無明(無智)や塵労と言われる無駄な足搔きをすることは一切無い。むしろ煩悩があり、その煩悩によって悩まされるからこそ覚りを得ることが出来るのだ、と説くのである。
今日、自分の不幸を嘆き、世の不平等を恨んで自暴自棄になり、他を傷つけたり,自分自身の大切な命を捨て去る人が後を絶たないが、そんな嘆きや失望を乗り越えたときに幸せがあることを忘れないで欲しい。
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