お知らせ

お知らせ一覧のページです。

9月の言葉

2021年8月31日 ブログ

9月の言葉 衆生は常に苦悩し 盲冥にして導師なく 苦の尽きる道を 識らず 法華経化城喩品より <解説>      はや秋の彼岸を迎える月となりました。もう皆さんもよくご存知のように彼岸とは仏の国、即ち浄仏国土に最も近づく時期という意味で、ご先祖さまのご供養をする時とされていますね。    ではどうして毎年春秋の2回彼岸が訪れるのに、私たちは彼岸に行けないのでしょう。それは私たち自身が仏になると言うことの真の意味を考えようとしないからでは無いのでしょうか。    化城喩品と言うお経でお釈迦様は「この不幸な人間はあらゆる苦悩に苛まれ、目を奪われたかのように正しい道に導く師を見付けられず、苦悩を終わらせる方法を知らず、苦悩を脱れるために精進もしない。禍悪は長きに亘って増大し、天上の衆さえも堕落に身を委ねる。」と嘆いておられます。    では覚りとはどのような状態なのでしょう、このお経では「ブッダは一度瞑想に入ると姿勢は微動たりとも動かず、心は落ち着き、平安を保ち、動揺散乱することなく、苦しみに喘ぐ人々を救済したいとの願い(慈悲の心)を持ち続けられた。」と記されている。    言い換えれば彼岸とは「慈しみの心」を涵養して、様々な欲望や執着、怒りや不安の為に苦しみを呼び込んでいる己を、平安の境地に到達させつことだと言えるでしょう。    平安の境地に到達し、慈悲心を磨き続けられた仏様を畏敬し、仏様の教えを学び、仏様の境地に近づくように精進・稽古して行くことが彼岸に到達する秘訣なのです。
祈祷申込方法を変更しました

2021年8月25日

この度ご祈祷の申込方法を変更致しました。 ご参拝の上、ご祈祷をお申し込み頂く場合、事前にこのページから祈祷申込内容を事前にご登録頂き、申込事前受付をお済ませ下さい。返信メールで事前登録番号と受付バーコードを貼り付けてお届け致します。 そのバーコードをスマホ画面に保存するか、印刷してご参拝下さい。 そのバーコード又は受け付け番号をご提示頂くと直ぐに受け付けが完了し、ご祈祷をお受け頂くことが出来ます。 是非「申込事前入力」をご活用下さい。事前の申し込みは何名様でも結構です。制限はありません。 尚この「申込事前入力」は予約ではありませんのでその点お間違いないようにお願いいたします。 ※事前入力の難しい方は従来通り手書きでも受け付け致しますのでご安心下さい。 事前登録希望の方は下のボタンをクリック下さい 。  郵送にて御祈祷希望の方は右のボタンをクリック下さい。    
8月の言葉

2021年7月31日 ブログ

8月の言葉 心これ第一の怨なり この怨、最も悪なり この怨、能く人を縛って 閻魔の処に送る 往生要集より <解説>      新型コロナ感染でオリンピックも無観客開催となりましたが、皆様のご家庭でも感染対策の中、ご先祖さまの御供養も充分に出来なかったことと存じます。    そんな中で今年も盂蘭盆がやってきました。盂蘭盆とは地獄の蓋が開き、如何なる所に転生したご先祖様も帰省される、と語り継がれて来た日本の儀礼です。    このお盆の行事で一番大切なことは地獄、餓鬼道、畜生道の世界から帰ってこられるご先祖さまへのご供養で、悪道に堕ち塗炭の苦しみを受け続けておられるご先祖さまたち、年一回の休息の期間です。ご馳走を供え、お経を読んで手厚いご供養をしてあげて下さい。    さて、8月の言葉は私たちに地獄へ堕ちないように、と警鐘を鳴らしている、往生要集という地獄の解説書に書かれている獄卒の叱責の言葉を取り上げました。    地獄では鉄棒や刀等を持った獄卒が「お前達をこの地獄に堕としたのはお前たち自身の心だ、恨むなら己自身の心を恨め、この怨念が最も最悪であり、お前達の心を縛り付けて過ちを犯させ、最後は閻魔の世界に送り込んだのだ。」と亡者を叱責しながら虐め抜いているのだそうです。    お盆にはご先祖さまをお迎えして手厚い供養をすると共に、あなた方自身が閻魔大王の招きを受けない為にも己の「心」を見つめ、仏様に、ご先祖様に手を合わせて欲望・執着・嫉妬等の汚れを洗い清める期間にして頂きたいと願っています。
令和3年のぼり旗奉納者合同祈願祭報告

2021年7月2日 お祭り・法要  

令和3年度ののぼり旗法要はお陰様で無事円成する事が出来ました。 法要の様子をビデオに収めましたので是非ご覧下さい。 下の写真をクリックして頂くとビデオが始まります。  
7月の言葉

2021年6月30日 ブログ

7月の言葉 仏子である観世音菩薩は 如何して観世音と 名付けられたのですか 観音経より <解説>      多くの皆様に信仰いただきます観音様のお名前について、無尽意菩薩がお釈迦様にお尋ねした場面です。    この質問にお釈迦様は「観世音は思議出来ないほどの長い期間、数え切れない程多くの仏に仕え、偉大な清願をおこし、海のように深い誓い(慈悲行)を持ち続け、あらゆる方向、場所に置いて人々の苦しみを取り除く働きをしてきた。即ち世の人々の苦しみの声を聞いて即座に救いの手を差し伸べるところから「観世音菩薩」を呼ばれるようになった。とお答えになり、更には観世音の名を聞き、その姿を見て、一心に観音の名を称えるならば、あらゆる苦しみ厄災が取り除かれるであろう。」とお答えになったのです。    このお答えの中の「観音は数え切れないほどの多くの仏に仕え・・」と言う言葉を取り上げ、中村元先生は「仏はもともと人間でありながら人間の欠点を超えた方ですから、『おれに奉仕せよ』『他の仏に仕えてはならない』とか『他の神を拝んではならない』と言うのは宗教家のエゴイズムです。と明言しておられます。    この言葉は私達観音様を信仰する者にとっては大変大きな意味をもっています。それは観音様は慈悲の行を続ける中で、拝む仏様が異なるからとか宗教、宗派が異なるからと一切の差別をされません。 私達はこの観音様の平等にお心を体し、いま世界で、日本でも、自分たちと異なる姿や異なる考え方を持つ人たちを虐め、差別し、誣告して除け者にしようとする機運が拡大してきました。    このような機運に同調せず、私たち観音信者は一切の人々を差別せず、慈しみの心を持って、誰とも同じように接していきたいものです。
「小さな親切」運動山陰本部から感謝状を戴きました。

2021年6月19日 ご報告  

上の写真は感謝状を頂戴する当山貫主 清水谷善圭   6月25日に「小さな親切」運動から思いもかけぬ感謝状を戴きました。 それはSDGsの時代でも有り、少しでも開発途上国の人々にお役に立てればと、溜まるづつ山陰本部へ送らせて戴いていました。 この度、その集計結果をお知らせ頂き「塵も積もれば山となる」と格言を思い出し、感動しました。 こんな事で人々のお役に立てるのであれば今後はもっと積極的に収集し、お役に立てたいと考えています。 信徒も皆様もエコキャップ、使用済み切って等が有りましたらご参拝の折、お持ち出し下さい。他者の幸せの為に役立つことが観音様の慈悲のお心です。是非ご協力ください。 <貫主 清水谷善圭>  
6月の言葉

2021年5月31日 ブログ

6月の言葉 思うに怒りは怒りに よって鎮まらず 慈悲の怒りを鎮めるは 古今不変の法なり 憍賞彌本生物語より <解説>      私たち現代人は不本意な苦しみ、危害を加えられると、怒りの為にその首謀者や関係者を気が済むまで罰したいと願い、裁判等では被害者当人や家族は徹底して重い処罰を主張します。またマスコミや世間もそれが当然と考え、重い処罰を支持します。    確かに危害を加えた者はその危害の程度に応じた罰を受けることは当然だと考えますが、加害者に対する怒りや憎しみは重い罰を課すことで本当に怒りや恨みが消散してしまうのでしょうか。    お釈迦様は、怒りによって怒りは鎮静するのか?いや怒りによっては怒りや恨みは決して霧散しない。怒りにまかせた処罰が終われば怒りの持って行き場が無くなり、却って悶々とした心に悩まされるだけで怒りや恨みは解消しない。    むしろ、昔から「罪を憎んで人を憎まず」との格言があるように、加害者の罪を犯すにいたった事情に心を推し量り、慈しみの心を持って加害者を許すことが真に怒りを鎮める方法である。そしてこの事は古今東西変わらぬ真理である、と教え示して下さっているのです。    日本は古来よりこの考え方が強く「敵に塩を送る」行為が高く賞賛されてきました。    利己主義の行き過ぎなのか、怒り、憎むことばかりが先行し、日本人が古来より守ってきた慈悲の心を忘れ去ってしまったように感じます。    今一度、怒りや恨みは「慈しみの心」を以て解消するのが正しく、心の平安が得られる最良の方法だと自覚したいものです。
5月の言葉

2021年4月30日 ブログ

5月の言葉 皆で集まりて相談し 協力しながら行動し 共同して各々の勤めをはたす そんな国には衰亡なし ブッダ最後の旅より <解説>      ある時、マガダ国王は大臣に「大変繁栄しているバッジ国を如何しても打ち破りたい。武力や策略で息の根を止めてしまいたいが、霊鷲山に住んでおられるお釈迦様の下に行き、礼拝してご機嫌を伺い、バッジ国を攻め滅ぼしたいがと相談してこい」と申しつけました。    指示された大臣は早速霊鷲山で教えを説いておられるお釈迦様のところに行き、礼拝してご機嫌を伺い「国王からバッジ国を攻め破る方法を教わるように指示されやってきました」と申し述べると、大臣の話を聞いておられたお釈迦様は側に仕えていた弟子の阿難に「お前はバッジ国の人々が皆で寄り集まって計画を話し合い、その計画実現へ向けて力を合わせ、共に自分達がすべき仕事を忠実に務めている、と言う話を聞いたことがあるか?」と尋ねられると「阿難は確かに聞きました」と答えました。    また続いて釈尊は阿難に「バッジ国の人々は老人や婦女子、子供を大切に護り、暴力を加えることなく、また老人の知恵を素直に聞く態度を失わないと聞いたことがあるか」と問われると阿難は「確かに聞いたことがあります」と答えました。    お釈迦様は阿難に「皆が集まって協議し、力を合わせて国作りをし、弱いものには慈悲の心で接し、老人の経験を大切にする国には衰亡はない。この事を確り覚えておけ」と説き示されました。    この二人の会話を聞いていた大臣は、釈尊に礼を述べ即刻国に帰って王に「お釈迦様はバッチ国を破ることは出来ないとお示しになりました」と報告し、王は征服を諦めたと言うお経があります。
4月の言葉

2021年3月31日 ブログ

4月の言葉 無比の宝である かの菩薩は 人間世界に 生まれたもうた。 スッタニパータより <解説>      4月8日は降誕会、お釈迦様のお誕生をお祝いする日です。この日は色取り取りの花で飾ったお堂の中に誕生仏を安置し、誕生仏に甘茶を掛けると共に私達もその甘茶を頂戴してお徳にあやかろうとするお祭りです。    お釈迦様はルンビニ園でお生まれになりました。お釈迦様がお生まれになると天地は振動し、一面に美しい花が咲き誇り、空からは甘露の雨が降り注ぎ、またお釈迦様は生まれるや三歩歩いて右手を上に、左手を下に指し示して天上天下唯我独尊と発しられたと言い伝えられています。この奇瑞から降誕会ではお堂を色取り取りの花で飾り、誕生仏をお祭りし、甘茶をかけてお祝いするようになりました。    さて、こうしてお生まれになったお釈迦様ですが、生母の摩耶夫人は産後の肥立ちが悪く、直ぐにお亡くなりになりました。そうしたことが原因なのかお釈迦様は寂しがりやで、常にもの思いに耽り、「生老病死」の様々な苦悩を受け続けていることを悩み、その苦悩から脱出する術を得たいとお城を飛び出され、苦悩の中でも常に善を追い求められた末にたどり着かれた結果が「さとり」と呼ばれる境地です。    お釈迦様は「世界は美しいもの、人間の命は甘美なものだ。」と話しておられますが、覚りとはこの境地に辿り着くことではないのでしょうか。    今月の言葉はお釈迦様が将来この境地「覚り」に到達し、その境地を私達に示して下さるだろう、との預言であり、期待の言葉です。    私達もお釈迦様の境地に近づけるよう善行を積み重ねましょう。
4月8日はお釈迦様のお誕生日です。

2021年3月31日

4月8日はお釈迦様のお誕生日です。お釈迦様に花をお供えしてお祝いしましょう。 お釈迦様は今から2500年余前、インド北東部(今のネパール)の都市でシャカ族の王子としてお生まれになりました。 お釈迦様はお母様がお産のために実家にお帰りになる途中、ルンビニ苑の無憂樹と言う木の側でお生まれになりました。 ブッダチャリータというお経には「お釈迦様がお生まれになると、天地は6種に振動し、大地には様々な色の花がいっせいに咲き誇り、空からは甘露の法雨が降り注いだ。」と記述されていることから、お釈迦様のお誕生日には花で飾られたお堂(花御堂)をあつらえ、中に右手は天を、左手は地を指さす誕生仏を安置し、誕生仏に甘茶をかけてお祝いするようになりました。 お釈迦様は本名、ゴータマ・シッダールタと言い、お釈迦様がお覚りになってからは「シャカ族出身の仏」という意味でお釈迦様、釈迦如来と呼ぶようになりました。 さて、お釈迦様は幼少の頃から人間が持って生まれた生老病死」という苦しみから如何したら解放されるのだろう?と悩み抜いた末、お城を飛び出し、王子という地位を捨てて苦行林に入り、宿業からの離脱を願って6年間あらゆる苦行に挑れました。 何故に必死で苦行をされたかというと、当時のインドでは肉体があるから心が悩み苦しむのだ、心を解放するためには体と心を分離すれば良い、という考え方が主流でしたので若いシッダールタもそれに習って苦行によって心と体を分離し、心を解放しようと試みたのです。 しかし、体を痛めつければ痛めつけるほど心は衰弱し、気持ちは弱まり、気力が失せて行きました。肉体と心は別物ではなく、一体のものだと気付かれたお釈迦さまは苦行林を抜け出し、尼連禅河の清い水で体を浄め、スジャーターと言う娘が供養してくれた乳粥を食べて体力の回復を図り、直ぐそばにあった菩提樹の下で1週間瞑想し、遂にお覚りを得られたのです。 お釈迦様のお覚りを簡単に説明すると「私たちが暮らすこの世は本来が苦であり、人間はその苦を一身に集める存在である。なのに人はそのことに気付かず、幸せに暮らす事が当然と考え、余計に苦しみを取り込んでいる。幸せなりたい、平安な暮らしがしたいと願うならば、先ずは自分の事を横に置き、周囲の人の幸せを願い、その為に自分に出来る施しを精一杯しなさい。そうすれば自然に己の心から我執が薄れ、欲望が弱まり、不安・恐怖を取り除く心の力が増大し、心の平安を得ることが出来る。と覚られたのです。 花祭りには是非お寺にお参りし、お花を供え、甘茶を供養してお釈迦様のお誕生をお祝いて下さい。  
3月の言葉

2021年2月27日 ブログ

3月の言葉 心の外にあると 覚ゆる相は 色も心も有も無も 皆悉く実の法に有らず 法相二巻抄より <解説>      春彼岸の月となりました。彼岸とは覚りの岸と言う意味で、彼岸は私達が覚りの岸に一番近づく日とされていますが、現実には中々覚りに近づけません。    ではその覚りとはどのような状態を言うのでしょう。    お釈迦様は諸法は心を離れては存在しない。と言っておられますが意味は「この世に存在すると思っている一切の事物は心がつくりだし、描きだしている物で、心が無くては存在しない。」即ち一切の者は自分の心がつくる、と教えて下さっているのです。    言い換えれば、この世の物一切は自分の心がつくり出した物で、この世に実在する物は何一つない、と自覚すること。その自覚が出来た時が覚りであり、彼岸に到着した時なのです。    般若心経で「照見五蘊皆空 色即是空 空即是色 無色無受想行色」と解かれる「空」を理解した時が覚りなのです。    こう書くと私達凡夫は到底覚りに到達出来そうには有りませんが、お釈迦様はそんなに難しく考えなくても、畏れなくても誰もが覚りに近づけるのだよ、とも解き明かして下さいます。    一切の欲望も、一切の執着も、一切の不安恐怖も怒りも自分の心がつくり出した物だから、その欲望・恐怖・怒りへの執着を取り除くために「己を忘れ、他の人々の幸せを祈り、慈しみの心を育てるならば心の中に自然に空の教えが浸透し、覚りに近づく事が出来るのです。  観音様も真の覚りを得るために慈悲行に励んでおられます。私達も慈悲の行に邁進しましょう。
2月の言葉

2021年1月31日 ブログ

2月の言葉 涅槃に入るとは 実の滅度に非ず 便ち、唱えて 正に滅度を取るべし 法華玄義より <解説>      二月十五日は涅槃会です。お釈迦様の寿命が尽き、お亡くなりになった日で涅槃されたと言っています。しかし、今月の言葉は「お釈迦様の涅槃は私達凡夫に命には限りあり、仏といえども滅度される。と言うことを教え示されたもので、実際は、仏様は滅尽されたのでは無く、私達の側に存在し、常に教えを示し、導いて下さっている。」のだと言うことを強調しているのです。    天台智者大師は法華玄義という書物を著し、仏の寿命は永遠であり、仏が説かれた教えも又永遠である。と主張され、私達に「お釈迦様はお姿こそこの世から消されたが、実際には常にこの娑婆世界に存在され、常に私達に寄り添い、様々な事象を通して教えを示し、慈しみのお心を持って悩み苦しむ私達を救い、導いて下さっているのだ。だから、不滅の寿命を信じ、仏様の見守りとお導き、救済を信じて御仏の御心にかなう生活をしなさい。と教えて下さっているのです。    私達は涅槃会では梵網経を読み、常にお釈迦様がお示しになった規範を護ります、とお誓いをしています。    例えば、悪事を行いません。他の人を傷つけません。他人のものを盗みません。嘘をつきません。等々をお誓いしているのです。    仏様を、観音様を信仰する皆さんも是非お釈迦様に、阿弥陀様に、観音様に「他の人を傷つけません。他人の物を欲しがりません。嘘をつきません。正しい生活をします。」とお誓い下さい。    誓いを聞かれた御仏は大変お喜びになり、大きな功徳を授けて下さるでしょう。
正月の言葉

2020年12月28日 ブログ

正月の言葉 私が求めるのは土台ではない 1階でも2階でもない 3階の高楼だけだ。早く作れ。 百喩経より <解説>      ある国に大変な富豪が居ました。彼は強い羨ましがりやでした。ある日友人のそれは美しい高層の家に招かれました。その家の余りの美しさに驚くと共に羨ましくてたまりません。早速家に帰ると出入りの大工を呼び付け、世界で一番美しい高層の楼閣を造るように命じました。    大工の頭領は承知して、早速高層の楼閣が耐える基礎造に取り掛かり、基礎が出来るのを待って1階から順番に2階、3階と造り上げていく計画を立て、施主である大富豪のところへ説明に行きました。そうすると、大富豪は「私が欲しいのは1階や2階ではない、華麗な3階だけが欲しいのだ、直ちに造れ」と命じた。と言う寓話があります。    これに似た話、近年どこかの国で聞いたことありませんか。コロナの感染者が増えると、直ぐに1000人分のベットを確保するとか、生活が苦しくなったからと、速効で十万円を配るのでインターネットで申し込みなさい。と国民に勧めながら実際は市町村の窓口がデジタル化されておらず手作業よりも多くの時間を要した。という笑い話のような事がありました。    でもこの愚かな行為をただ笑ってだけ居てはいけません。何故なら私達自身が常日頃、同じような過ちを繰り返しているからです。    新しい年を迎えました、今年こそは私達の仕事、生活様式、近隣・職場の人たちとの付き合い方等々、もう一度基本から見直し、基礎からやり直そうではありませんか。    基本に忠実で、コツコツと一から積み上げていく地道な努力が、早くはないが私達を平安で幸せな生活に誘ってくれます。
12月の言葉

2020年11月28日 ブログ

12月の言葉 心が迷っているときは まやかしの声に執着し 百八の煩悩を起こす 法華懺法五悔より <解説>      今年も後一ヶ月を残すのみとなりました。此の一年を振り返ると、コロナで始まりコロナで終わるようですが、この間コロナに関した様々な情報が流れ、一喜一憂させられました。しかも誤った情報が行政機関や大手マスコミから堂々と流されたのでは私た庶民は情報の真贋を見分けることなど出来ません。    今回は役所やマスコミ自体も情報の真贋を見極めるのが難しかたようではありますが。    さて、私達僧侶(天台宗の)が朝のお勤めでお唱えするお経の中に「12月の言葉」が記されています。    私たちの心が迷い、惑わされている時はマヤカシの声に心を奪われ、執着を強め欲望を高め、正しく判断しようとの心を遠くに追いやってしまう。    続いて、此のように惑わされやすく、不確かな誤った情報をあたかも真実であるかのように思い込み、執着し欲望や不安感を増大させてきたのが我々凡人である。    しかし、お釈迦様やそのお弟子の菩薩は、執着した心、惑う心に因る判断は必ず多くの煩悩を引き起こし、凡夫に危害と災をもたらすのだ。だから仏様はお経を読み、教えの意味を理解する事が大切だと説き聞かせている。    愛着と愛欲による行動は己自身に禍を引き寄せると自覚し、常に御仏の教えを学び、読誦せよ。そうすれば必ず真実を見極める力を授けて頂ける。と教えて下さっています。    皆様も今年を振り返り、煩悩や愛着のために進む道を間違えなかったかを懺悔し、反省の心で新しい年をお迎えください。
11月の言葉

2020年11月1日 ブログ

11月の言葉 皆さん出家しなさい そして戒を破るなら破りなさい 地獄に落ちるなら落ちなさい 優鉢羅華比丘尼本生経より <解説>      とんでもないお経がありました。皆出家しなさい、と勧めるところまでは問題がないのですが、勧められた人たちが戒を守り通すことが出来ません、戒を破りそうだから出家出来ません。と答えると阿羅漢の位を得た一人の比丘尼が「戒を破るなら怖がらずに破りなさい。戒を破って地獄に墜ちるなら地獄に墜ちなさい。と言いながら出会う人ごとに出家を進める尼僧がいました。    破戒を進める比丘尼を不思議に思った人が「如何して破戒を勧めるのですか」と尋ねると、私は破戒を勧めているのではなく、出家を勧めているのです。しかし、破戒の罪を恐れて出家出来ない人には破戒を怖れる必要はない、地獄に墜ちることを怖がる必要はない。」と話しているのです。何故なら私は出家した当時、何度も何度の戒を破り、地獄にも墜ちました。しかし、地獄の務めを終えた後、再びお釈迦様にお出会いし、再出家して今日阿羅漢の位に到達することができました。    この頃人間の宿命を考える事がよくあります。最初の出家が無ければ地獄の務めを終えた後、出家をする事もなく、あいも変わらず悪事を犯し、世を拗ね・世を恨んで暮らしていた事でしょう。    私が今、阿羅漢として心穏やかに全てに感謝しながら心豊かに生きることが出来ているのは過去に出家という宿縁を結ばせて頂いたお陰としか思えないのです。だから私は護れなくても、破戒しても良いので機会があったら薦んで仏縁を結ぶ功徳を積ませてあげたいのです。