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5月の言葉

2022/04/29 17:21

5月の言葉

尊敬と謙譲と満足と感謝と
[適当な]時に教えを聞くこと
これがこよなき幸せである。

ブッダの言葉
 山陰中央新報社発刊「中村元慈しみの心」より
<解説>
 
   昨年の11月に本山で住職勤続50年の表彰を頂いた。思い返せば昭和45年の11月、師匠である貫主が壊疽の為寝たきりになり、代務を努めるため副住職を拝命したのが始まりであった。
   大学を出たばかりで右も左も解らぬ小僧が、壁に突き当たり、道に迷いながらの50年であった。
   その間、周囲に生意気な発言をし、不遜な態度をとった事は一度や2度では無かったと思うが、若いからとお許し頂き、根気よくご指導頂いた多くの諸先輩に只々感謝するのみである。
   生意気盛りの時、当時の天台座主山田恵諦猊下から「僧侶は三界の大導師と言われ、人を人と思わぬ僧が居るが、私は僧侶とは信徒の幸せを願い、その為に働く下僕である、と思っている。自分が偉いと思い違いしているから、意のままにならぬことに腹を立て、苛つくのであり、不満を抱えて他者を批判したくなるのだ。己の至らなさを確りと自覚せよ。他者の優れた面をじっくりと観察せよ。そうしたら自然に謙虚な心が育まれ、感謝の気持ちが湧いてくる筈だ。」と諭されたことがあった。
   最初は中々その様な気持ちになれなかったが、堂舎の修理を重ねる毎に力を貸してくださる方々・支えて下さる方々の生活、態度やお気持ちを知るにつれ、自然に尊敬と謙譲の心が芽生え、頭を下げることが出来るようになった。
   今思えば尊敬と感謝と謙譲の心を育むことが出来たことが、曲がりなりにも清水寺の貫主を勤め上げることが出来た最大の要因だと思っている。    今頭を下げることが出来ない人が増えている。是非今月の言葉を噛み締めてほしい。