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9月の言葉

2021/08/31 16:36

9月の言葉

衆生は常に苦悩し
盲冥にして導師なく
苦の尽きる道を
識らず

法華経化城喩品より
<解説>
 
   はや秋の彼岸を迎える月となりました。もう皆さんもよくご存知のように彼岸とは仏の国、即ち浄仏国土に最も近づく時期という意味で、ご先祖さまのご供養をする時とされていますね。
   ではどうして毎年春秋の2回彼岸が訪れるのに、私たちは彼岸に行けないのでしょう。それは私たち自身が仏になると言うことの真の意味を考えようとしないからでは無いのでしょうか。
   化城喩品と言うお経でお釈迦様は「この不幸な人間はあらゆる苦悩に苛まれ、目を奪われたかのように正しい道に導く師を見付けられず、苦悩を終わらせる方法を知らず、苦悩を脱れるために精進もしない。禍悪は長きに亘って増大し、天上の衆さえも堕落に身を委ねる。」と嘆いておられます。
   では覚りとはどのような状態なのでしょう、このお経では「ブッダは一度瞑想に入ると姿勢は微動たりとも動かず、心は落ち着き、平安を保ち、動揺散乱することなく、苦しみに喘ぐ人々を救済したいとの願い(慈悲の心)を持ち続けられた。」と記されている。
   言い換えれば彼岸とは「慈しみの心」を涵養して、様々な欲望や執着、怒りや不安の為に苦しみを呼び込んでいる己を、平安の境地に到達させつことだと言えるでしょう。
   平安の境地に到達し、慈悲心を磨き続けられた仏様を畏敬し、仏様の教えを学び、仏様の境地に近づくように精進・稽古して行くことが彼岸に到達する秘訣なのです。