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11月の言葉

2020/11/01 15:46

11月の言葉

皆さん出家しなさい
そして戒を破るなら破りなさい
地獄に落ちるなら落ちなさい

優鉢羅華比丘尼本生経より
<解説>
 
   とんでもないお経がありました。皆出家しなさい、と勧めるところまでは問題がないのですが、勧められた人たちが戒を守り通すことが出来ません、戒を破りそうだから出家出来ません。と答えると阿羅漢の位を得た一人の比丘尼が「戒を破るなら怖がらずに破りなさい。戒を破って地獄に墜ちるなら地獄に墜ちなさい。と言いながら出会う人ごとに出家を進める尼僧がいました。
   破戒を進める比丘尼を不思議に思った人が「如何して破戒を勧めるのですか」と尋ねると、私は破戒を勧めているのではなく、出家を勧めているのです。しかし、破戒の罪を恐れて出家出来ない人には破戒を怖れる必要はない、地獄に墜ちることを怖がる必要はない。」と話しているのです。何故なら私は出家した当時、何度も何度の戒を破り、地獄にも墜ちました。しかし、地獄の務めを終えた後、再びお釈迦様にお出会いし、再出家して今日阿羅漢の位に到達することができました。
   この頃人間の宿命を考える事がよくあります。最初の出家が無ければ地獄の務めを終えた後、出家をする事もなく、あいも変わらず悪事を犯し、世を拗ね・世を恨んで暮らしていた事でしょう。
   私が今、阿羅漢として心穏やかに全てに感謝しながら心豊かに生きることが出来ているのは過去に出家という宿縁を結ばせて頂いたお陰としか思えないのです。だから私は護れなくても、破戒しても良いので機会があったら薦んで仏縁を結ぶ功徳を積ませてあげたいのです。

10月の言葉

2020/10/01 15:46

10月の言葉

行人の功徳の財を奪い
知恵の命を殺すゆえに
いかんが魔事と名づ

天台小止観より
<解説>

 私達の人生には魔が差すことが良くあります。先日も有名な女優さんがお亡くなりになりましたが、家族を含め周囲の人は誰も心当たりが無いと言い、魔がさしたのではと噂されていました。
   このように順風満帆に暮らしている人でさえ、思わぬ魔が差し、事故を起こしたり、事件を起こして自分の身を滅ぼしてしまう事があります。この事を中国天台宗を開かれた天台大師智顗はその著「天台小止観」で魔事境と呼び、如何に修行した者とて「魔事境」に取り憑かれ、折角の修行の成果を台無しにすることがよく有る。だからよくよくこの魔事をしれ。と注意を促しておられます。
   この小止観の覚知魔事の箇所には今月の言葉に続けて「この魔は多くの境界の相を化作して人の善心を破す。」として1つには異常な現象を引き起こして人々に恐怖を引き起こし、縮こまらせる。2つには愛想を振りまき、人の心に愛着を生じさせ、判断力を奪う。3つには次々と日常の雑事や非日常の異常を引き起こし心を迷わせ、判断力を弱めて行く。と魔事境に取り込まれることの恐ろしさを解説してくださっています。
   天台大師が解かれたように、私達の日常には様々は誘惑、様々な離間策や厄介ごとが生まれては消え、消えては生まれます。
   日常の煩雑に迷わされず、常に物事の本質を見極める知恵を育てることが幸せな人生を過ごすコツだと教えて下さっているのです。

9月の言葉

2020/09/09 15:46

9月の言葉

国宝とは何物ぞ
宝とは道心なり
道心ある人を
名づけて国宝となす

伝教大師(最澄)の遺言より
<解説>

 今月の言葉は山家学生式という天皇に対する要望書の文頭に書かれているお言葉です。
   この言葉の後には更に「古哲又曰く、能く言い能く行わざるは国の師なり。能く行い能く言わざるは国の用なり。能く行い能く言うはこれ国の宝なり。この三者の内、能く言わず能く行わない者は国の賊なり。
   道心ある人を西では菩薩と称し、東では君子と号す。悪事を己に向け好事を他に与える。己を忘れ他を利する、これ慈悲の極みなり。
   と続き、日本の国は未だこの菩薩の養成が不十分なので比叡山において慈悲心ある国宝的人材を育てさせて下さい。と、更に「道心の人は天下を相続し、君子の道は永代に不断です。」比叡山では慈悲の門をもって人々を大乗仏教の教えの道に導きます。と訴えられたのです。
   この文章を読むたびに自分は国の賊に成っていないだろうか、せめて国の師に成りたいと心を激励していますが、愚かで怠惰なために、ともすれば国の賊になりかかっていることを恥じています。
   コロナ禍で生活しにくい時代と成りました。こんな難しい時代だからこそ、「道心」を持ち、悪事は己に向け好事を他に与える「慈悲心の生活」を心がけたいと存じます。そしてその慈悲心の生活こそ観音様が理想とされる「仏に成るための修行」でも有るのです。
   皆様の益々のご健勝を祈念申し上げます。

8月の言葉

2020/08/01 15:46

8月の言葉

道心の中に
衣食あり
衣食の中に
道心なし

伝教大師(最澄)の遺言より
<解説>

 この言葉も最澄が20歳で比叡山に登り、今の根本中堂の前で読まれた願文の一節です。
   意味は解説するまでもないと思いますが、善因を造らずに善い結果だけを得ようと望んでも、そんな道理は何処にも通用しないと同じように、善業積まずに苦しみから解放されたいと願っても、そんな甘い道理は通用しない。
   だから私はこの未開の地比叡山の山奥でこれから修行を始めます。一生懸命に善の因を積み重ねますので、私を悟りの境地にお導き下さい。と比叡山の本地仏であるお釈迦様に願を立てられたのです。
   この願文を読む度に、先人たちの真摯で熱い情熱を捧げて修行に没頭された姿勢に、感激を新たにしています。
   現代人は自分の目標に向かって、ここまで真摯に、しかも命を賭けた情熱を傾ける心を見失ってはいないでしょうか。
   つい近年まで日本人は最澄と同じ様に、自分の目標に向かって情熱をかけことが出来る人が多かったように思ます。
   しかし、近年情報が早く伝わるようになった所為なのか、自分の仕事に真摯に向き合うことが難しくなって来たようです。
   日本の今日に政治・行政のあり方を見ていると、全てが欲得で動き、その行動の中に謙虚さ、誠実さが見えなくなりました。
   こんな時代だからこそ、時代に流されず、最澄の願文をもう一度己の心に問い合わせて下さい。

7月の言葉

2020/07/01 15:46

7月の言葉

執着しない
利害損得を離れる
常に本質を求める
こんな仏智を求めよ

伝教大師(最澄)の遺言より
<解説>

 この言葉も最澄が20歳で比叡山に登り、今の根本中堂の前で読まれた願文の一節です。
   意味は解説するまでもないと思いますが、善因を造らずに善い結果だけを得ようと望んでも、そんな道理は何処にも通用しないと同じように、善業積まずに苦しみから解放されたいと願っても、そんな甘い道理は通用しない。
   だから私はこの未開の地比叡山の山奥でこれから修行を始めます。一生懸命に善の因を積み重ねますので、私を悟りの境地にお導き下さい。と比叡山の本地仏であるお釈迦様に願を立てられたのです。
   この願文を読む度に、先人たちの真摯で熱い情熱を捧げて修行に没頭された姿勢に、感激を新たにしています。
   現代人は自分の目標に向かって、ここまで真摯に、しかも命を賭けた情熱を傾ける心を見失ってはいないでしょうか。
   つい近年まで日本人は最澄と同じ様に、自分の目標に向かって情熱をかけことが出来る人が多かったように思ます。
   しかし、近年情報が早く伝わるようになった所為なのか、自分の仕事に真摯に向き合うことが難しくなって来たようです。
   日本の今日に政治・行政のあり方を見ていると、全てが欲得で動き、その行動の中に謙虚さ、誠実さが見えなくなりました。
   こんな時代だからこそ、時代に流されず、最澄の願文をもう一度己の心に問い合わせて下さい。

6月の言葉

2020/06/01 15:46

6月の言葉

因なくして果を得る
是の処り(ことわり)
あること無く
善なくして苦を免るるは
是の処あること無し

 
伝教大師(最澄)の遺言より
<解説>

 この言葉も最澄が20歳で比叡山に登り、今の根本中堂の前で読まれた願文の一節です。
   意味は解説するまでもないと思いますが、善因を造らずに善い結果だけを得ようと望んでも、そんな道理は何処にも通用しないと同じように、善業積まずに苦しみから解放されたいと願っても、そんな甘い道理は通用しない。
   だから私はこの未開の地比叡山の山奥でこれから修行を始めます。一生懸命に善の因を積み重ねますので、私を悟りの境地にお導き下さい。と比叡山の本地仏であるお釈迦様に願を立てられたのです。
   この願文を読む度に、先人たちの真摯で熱い情熱を捧げて修行に没頭された姿勢に、感激を新たにしています。
   現代人は自分の目標に向かって、ここまで真摯に、しかも命を賭けた情熱を傾ける心を見失ってはいないでしょうか。
   つい近年まで日本人は最澄と同じ様に、自分の目標に向かって情熱をかけことが出来る人が多かったように思ます。
   しかし、近年情報が早く伝わるようになった所為なのか、自分の仕事に真摯に向き合うことが難しくなって来たようです。
   日本の今日に政治・行政のあり方を見ていると、全てが欲得で動き、その行動の中に謙虚さ、誠実さが見えなくなりました。
   こんな時代だからこそ、時代に流されず、最澄の願文をもう一度己の心に問い合わせて下さい。

5月の言葉

2020/05/01 15:38

5月の言葉

得難くして移り易しは
それ人身なり
発し難くして忘れ易きは
これ善心なり

 
伝教大師(最澄)の遺言より
<解説>

 今月の言葉は最澄20歳の頃に、奈良の都を捨て、当時未開の土地であった比叡山に登り、ここで仏になる為の修行をするのだ、との決意と更に1日も早く仏国土に到達できますようにとの願いを込めて作られた願文の中に出てくる言葉です。若干20歳の青年層が発したこの言葉、流石としか言いようがありません。私などは70歳を超えた今でも到底及ばないと感じてしまいます。
   さて、意味は読んでいただければ誰でも理解がで出来、しかも誰もが肯ける言葉です。私たちは今この世でこうして生かさせて頂いています。しかし、よく考えれば私たちがこの世に生まれ出てこれたことこそが奇跡なようなもので、この世に生まれる確率と言うのは大変少ないと言われています。おそらくコロナに感染せずに済む人よりも少ない確率でしかこの世に生まれ出るのは難いのです。そんな命ですが、捨てようと思うと意外に簡単にこの大切な命を失うことができます。命とは大変脆いものです。
   このことと同じように善心もおこし難いが忘れるのはすぐ忘れられる。私はこの事をしっかりと自分自身の心に言い聞かせ、この山で修行をいたします。と誓われたお言葉です。
   今一度、この言葉を噛み締めて下さい。私達は他人の過ちは簡単に指摘し、批難します。しかし、その批難するもの自身が批判するに足りる行動、心がけを堅持しているのか?些か疑問です。他者を責める前に先ず自分自身を厳しく諫めなければ社会は決して良くはならない。私たちが求める平和・平安な社会は実現しないでしょう。
   どうか善心を発し、忘れないで戒めを保ち続けて下さい。

4月の言葉

2020/04/08 15:22

4月の言葉


寂なりといへども
つねに動なり
動なりといへども
つねに寂なり
伝教大師(最澄)の遺言より
<解説>

 中国で発生した新型コロナウイルスが瞬く間に世界中に蔓延し、遂にオリンピックまで延期に追いやりました。
   このような不測の出来事は人々の判断力を狂わせ、人々を流言飛語によって誤った行動に走らせてしまいます。
   マスク不足、アルコール消毒薬の不足に端を発し、関係のないトイレットペーパーの買い付け騒動まで起こる始末です。
   天台宗をお開きになった伝教大師最澄は「常に己の心を平常に保つ努力をしなさい。心が平静を失うと、冷静な判断力を失い、右往左往の末、結局は誤った判断をすることになってしまうよ。」と平常心を保つ事の大切さを説いて下さっています。
   正に今日はこの心の平静を保たねばならない時です。    どうかフェイクニュースに踊らされず、専門家の説明を正しく聞き取り、社会の動きを正しく見つめながら過ちの少ない行動を取らなければなりません。
   今月はお釈迦様のお誕生月です。お釈迦さが説かれた教えをしっかりと心に刻み、不安な心のままで行動する事なく、常に観音様のお徳を念じ、一切の不安を観音様にお任せして、観音様の御加護をお願いしましょう。
   一切を観音様にお任せし、ご加護を願うことが「平安な心を保つ」一番の秘訣となります。
   観音様の御加護で1日も早い終息と、信徒の皆さんのご健康を祈念致します。

3月の言葉

2020/03/01 12:00

3月の言葉

三月の言葉
口に麁言(そげん)なく
手に苔罰(ちばつ)なし
我が同法は
童子を打たず
伝教大師(最澄)の遺言より
<解説>

 先月中頃に「小学校六年生の女児が母親から追い出され、児童相談所に助けを求めたのに適切な対応をされなかった。」として問題になっていましたが、近年子供の虐待が疑われる事件が頻発するようになりました。
 子供を立派に育てたい、との願いが強すぎて親に反発する子供に癇癪を起こし、体罰を与えてしまうのか知れません。昔は「親の言い付けは絶対」という社会風潮の中ですから子供に体罰を与えても子供達もそれが当然と受け止め問題にならなかったのが、親の権限が地に落ちた今日、体罰によって子供達が反省し素直に巣立つとは到底思えません。
 愚僧は今年73才になりますが、私たちは1学級55名定員でした。それでもクラスの秩序は保たれ、学級崩壊などは起こらなかったのですが、現在は1学級35名以下でも学級崩壊が問題になっています。これは時代が違うのです。その違いを考慮せず、昔と同じ育て方をしようとしても問題が大きくなるばかりです。
 天台宗を開かれた伝教大師最澄は遺言で「私はこれまで弟子達に荒々しい言葉使いをした事もなく手を挙げて打った事も無かった。私と共に仏の教えを学ぶものは子供達に荒々しい言葉を投げかけたり、体罰を与えたりしてはならない。と伝え、子供や弟子の養育には先ず親自身が心を戒め、その後ろ姿を示しながら導いて行かなければならない。いや導いて行って下さい。と示して下さったのです。この教えを肝に銘じて時代を担う子供達を養育して行きたいものです。

2月の言葉

2020/02/01 12:00

2月の言葉

二月の言葉
己を忘れて
他を利するは
慈悲の極(きわみ)なり
伝教大師(最澄)のお言葉より
<解説>

 お釈迦様がこの世をさられた涅槃会の月となりましたが、お釈迦様がこの世に出現された目的は何だったのでしょうか。
 お釈迦様がこの世に出現された目的を的確に表したのが伝教大師のお言葉だと確信しています。
 今日の世界を眺めると「自分の国さえ良ければ、自分の地位さえ安泰ならば良い。」と考える傾向が強くなり、世界中でイザコザを起こし、昨年暮れにはあわや世界第3次戦争勃発かとの危機がありました。
 また、昨年は日本中を暴風雨が暴れ回り、未曾有の被害をもたらしました。日本のみならず世界中で異常気象の被害が頻発しているようですね。
 このような現象、社会の流れは一重に私たち人間が、我が儘を自覚せず、自分や自分の国の損得だけを考えて行動しているからでは無いのでしょうか。
 お釈迦様は観世音菩薩をこの世に出現させて、煩悩多き凡夫は自分の幸せを願うならば先ず周囲の人を見渡し、周りの人の幸せが己自身の幸せに繋がることを知り、慈しみの心を育てて、日々周りに幸せを祈りなさい。その祈りこそが仏となる修行でもあるのだ、と解き示してくださっています。
 最澄はそのお釈迦様のお心を「己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり。」と述べられました。
 私たちは今年こそ、家族や隣人の為に、社会の為に自分の我を少し抑えた生活を致しましょう。
 特に、地球環境を守り、温暖化を防止するために率先して自分の生活を改めたいものです。そして私たちの豊かな自然をこれ以上壊さないように努力いたしましょう。

正月の言葉

2020/01/01 12:00

正月の言葉

正月の言葉
おのれに勝つのは
戦場で千万の敵に
勝つよりも
優れた勝利である
法句経より
<解説>

 あなたは自分の心を完全にコントロールしている自信がありますか? 多分普段の日常は自分の意思で、心をコントロールしながら行動していると自信を持っておられる事でしょう。
 でも、私たちは突然心のコントロールを失い、幾ら心に言い聞かせても心は自分の意思に従ってくれない時があります。
 一抹の不安が心をよぎった時、自分のプライドを傷つけられた時、怒りに火が着いた時等々、心は自分の手から離れ、勝手に暴走してしまいます。
 如何して意志の力で心を制御出来なくなるのか、それは私たちには感情があり、その感情が時として煩悩という心を惑わす悪の力に取り憑かれ、意志の力では如何にも制御出来なくなるのです。
 お釈迦様は煩悩という心を乱す悪の力に勝つために
 1.懺悔せよ(自分の行動、考え方の全てを振り返り、自分が正しいと信じていることが本当に正しいのかを検証する)
 2.心の垢を洗い清めよ(私たちは知らず知らずの内に他の人を傷つけ、悲しませていることを自覚し、他の人を利することが仏の心と、己に言い聞かせる)
 3.感謝せよ(私達は自分一人では生きて行けず、自分一人幸せにも成れない。家族や仲間、隣人がいて初めて今日を生きることが出来るのであり、幸せを得ることもできる。この事を有難く、その恩を返し続けることが人間として生きる価値であると自覚する事)
 と教えてくださり、己の心に勝って幸せを掴め、と励まして下さっているのです。
 令和2年の新しい歳を迎えました。昨年積もった心の垢を今一度洗い流し、御仏、家族、隣人、職場の仲間に感謝し、共に力を合わせて幸せになるのだとの誓いを立てましょう。

12月の言葉

2019/12/01 12:00

12月の言葉

十二月の言葉
仏も昔は人なりき 我らも終には仏なり
三身仏性具せる身と
知らざりけるこそ哀れなれ
梁塵秘抄より
<解説>

  梁塵秘抄とはご存知のように、平安時代末期に編まれた歌謡集で今様歌謡を集めたもの。 編者は有名な後白河法皇で治承年間(1180年前後)の作と言われています。
 今月の言葉はこの歌謡集に収録されている歌で、正に「山川草木悉皆仏性」と言う法華経の教えを読んだものとされているのです。
 妙法蓮華経(略して法華経と呼ぶ)28品の中、第2方便品に「声聞若しくは菩薩、我が所説の法を聞くこと乃至し一偈に於いてもせば、皆成仏せんこと疑い無し」と記し「一切の人には仏性が宿っており、全ての人が平等に仏になれる。」のと説かれているのです。
 この法華経の教えを受け、天台宗では一切衆生即身成仏と言い、仏と凡夫は本来何処にも異なるところはない。だから心を仏と同じにすれば凡夫のままで仏に成れる、と説くのです。
 今月の言葉はこの天台宗の教えを受けて『仏さまも昔は私たちと同じ煩悩にまみれた凡夫だった。私も最後には仏に成れるのだ。三身(法身、報身、応身)の何れかに成れる「仏性」を備えている事を知らずに、愚かな生き方をしている人の何と可哀想なことよ。』と世の乱れを嘆いた歌です。
 これは平安末期だけの事では有りません。令和の現在も自分が仏になる種を宿す尊い身だという事を知らずに、己自身を粗末にし、自らを不幸の沼に沈めている人が何と多いことか。  私たち観音様を信仰し、仏性の存在を信じるものは己を粗末にしている人を見たら「貴方には『仏性』が宿っています。自分を大切にして『仏性』を磨いて幸せになりましょう。」と声をかけてあげましょう。

11月の言葉

2019/11/01 12:00

11月の言葉

十一月の言葉
見ずや、漿水の一鉢もまた十号に
供じて自ら老婆生前の妙徳を得
菴羅の半果も、また一寺に捨して
最後の大善根を萌、記別を授かり
典座教訓より
<解説>

 近年は食事を造るのは女性の役割との観念が薄れ、男性が積極的に料理に挑戦するようになってきた。今日では女性よりも男性の料理のほうが上手だとの声が専らである。その男性料理の一つの先例が禅道場における典座僧(精進料理造りを禅の修行としている僧)であろう。
 道元禅師が禅の修行を始められた時は典座僧は修行僧達から軽く見られ、禅師自身もそう感じておられた。しかし、中国に留学し、何人かの典座僧に出会い、彼らの料理に対する直向きな姿に接するうちに、典座に対する偏見はなくなり、彼らの考え方、思いを聞くにつけ、典座は立派な禅の修行であることに気づかれた。
 日本に帰国後、その事を書き記されたのが道元禅師の「典座教訓」である。
 この典座教訓にこんな話が記されている。
 修行僧に差し上げる食事を整える心構えてしては、食材が上等か粗末かを問題にせず、真心を込め、尊重する気持ちを持つことが大切である。このようなエピソードがある。
 お釈迦様に供養するものがない老婆は米の研ぎ汁を一杯の茶碗に注いで差し出したところ、お釈迦様は「量や質ではなく、真心のこもった食べ物が1番のご馳走だ。」とおっしゃって、老婆の功徳を褒め称え、大きな福徳を授けられた。という故事がある。また、またアショカ王は死の直前、手元に残っていた半かけらのマンゴーを鶏園寺に寄進した事をお釈迦様がお知りになり、王に成仏を約束された。と。
 この教えは、今日グルメに翻弄され、手を抜く事に頭を使う今日の私たちへの警鐘ではないでしようか。

10月の言葉

2019/10/01 12:00

10月の言葉

十月の言葉
仏法には2種の健児あり
1に自ら諸悪をつくらない者
2に後からよく懺悔する者は
罪性の無性を観察せよ
天台小止観より
<解説>

 中国天台宗をお開きになった天台大師智顗はその著、天台小止観の中で「仏の戒律を受けた者で1つには自分から諸々の悪行に近づかない者。2つには知らず知らずに諸々の悪行に近づき、知らず知らずのうちに戒律を破り、罪を作るも、直ぐに後悔して反省する2種類の者がいる。
 この2週類の内、すぐ反省懺悔するものは罪性の無性を知って置かなければ為らない。」と解いておられる。
 罪性の無性を知れとは平たく言うと、罪には善悪の隔たりが無く、今日善だと思っていても明日には悪となる事があり、私にとって善と思えることも隣人には悪としか捉えられない事が常に起こるのだ。だから懺悔するときにはこの事に留意し、善悪の判断に固執しすぎてはなら。と教えているのです。
 例えば、先月の台風15号でコルフ練習場のネットが倒れ、沢山の民家に大きな被害がもたらされたと報道されました。ゴルフ場側に法律上の罪は無いにしても、壊された家の所有者達にとっては大きな迷惑で、補償しないのは社会正義にもとる、と怒りが収まらないでしょう。
 私たちは家族と、隣人と、職場の仲間と争わずに気持ちよく付き合って行くためには、善悪に絶対の判断基準がなく、人が異なれば、時代が異なれば当然、善悪・正邪の判断基準がが異なることを自覚し、自分の判断に執着しすぎないことを常に自覚していたいものです。

9月の言葉

2019/09/01 12:00

9月の言葉

九月の言葉
ウズラよ 私は子供を殺す
弱いお前に何が出来よう
弱いものがどれほど居ようと
私は左足で蹴散らすだけだ
ジャータカ物語「ウズラの敵討ち」より
<解説>

 象が通った後の大きな足跡にウズラが巣を作り、沢山の卵を産みつけた。その卵が孵化し、子供たちが飛び立つ準備をしている時に、一匹の象が勢いよくやって来た。この象を見た親ウズラはすぐに飛び立って象の前に立ち、両の翼を合せて、この先の窪地に雛がおります。どうぞその窪地を避けてお通り下さい。と必死に頼みました。しかし、象はその願いを聞き入れず、今月の言葉のような暴言を吐き、本当に孵化したばかりの雛を踏み潰してしまった。
 この暴挙に悲しみ、怒った親ウズラは仇討ちを誓い、知恵を巡らし、先ずカラスの下に行き3日間奉仕をして、憎い象の両目をクチバシで潰すように頼んだ。次には青バエの所に行き、目を潰された象の両眼に卵を植え付ける様に頼んだ。最後にカエルの所に行き、同じ様に奉仕した後、目を潰され、青バエに目を喰い千切られて痛がり、水を求めて歩き回る像を見たら、山の上で泣き、象が山に登ってきたら崖っぷちでもう一度泣いてください、と頼んだ。
 カラスに両眼を潰され、おまけにその両眼を青バエに食い千切られた象は眼は見えず、青バエに食われた痛さのために水を求めてウロつき始めた。それを見たカエルは、先ずは山頂で泣いて象を山におびき寄せ、次は崖っぷちで鳴いて象を崖から落として殺してしまった。
 これを見たウズラの親は力のない者でも強者を遣っ付ける事が出来るのだと、と喜びの声を上げ、復讐を果たした事を喜んだ。というお話です。
 近年弱い者虐めが度を越す様になりましたが、一寸の虫にも五分の魂という言葉があります。強ければ強いほど弱者を慰る慈悲心を持ちたいものです。

8月の言葉

2019/08/01 12:00

8月の言葉

八月の言葉
汝ら衆生は まさに
この不可思議の功徳を称賛し
一切の諸仏に護念せらるる
経を信ずべし
阿弥陀経より
<解説>

 私たちの命は儚く、確かな寿命というものがありません。そのため、親の有り難みを忘れ、ともすれば我儘一杯に過ごしていても、死を感じると、誰もが極楽往生したいと願います。
 そんな私たち凡夫に、お釈迦様は「阿弥陀経」というお経をお説きになりました。そして「この経について解説されるのを聞き、その教えを心にしっかりと保ち、1日、もしくは2日、もしくは3日、もしくは4日と一心不乱に阿弥陀の名を唱えるならば、その人は命が終わるときに、阿弥陀仏が諸々の聖衆と共に現前に現れられる。その人はそのお陰で命終わるとき、心が取り乱すことなく、阿弥陀如来の浄土、極楽に往生する事が出来る。」説き明かして下さっています。
 更に「日月燈明仏、名聞光仏、光明仏(観音様が完全な悟りを開かれ、仏となられた時のお名前)達は遍く三千世界を広く長い舌で覆い、誠実な心で『汝ら衆生は、まさに、阿弥陀経に説かれる不可思議な功徳を称賛しなさい。そうすれば一切の諸仏から護られる。』と解き、このお経を話を信じ、阿弥陀仏を念じなさい。」と勧めて下さっているのです。
 また「舎利弗よ、凡夫が既に発願し、今発願し、まさに発願して、阿弥陀様の浄土に生まれたいと願うならば、この人たちは皆、悟りの道に入り、その道から逸れる事なし。そして、その念仏の功徳で、極楽浄土に既に往生し、今往生し、まさに往生せんとしている。故に阿弥陀経を信じるものは、極楽浄土に往生したい、との心を強く起こしなさい。それらの者は必ず往生する事が出来る。」と説かれています。

7月の言葉

2019/07/01 12:00

7月の言葉

七月の言葉
一心に十指を交え
専心に一つの如来に帰し
口に南無仏を唱えれば
この功徳の福を最上とす
往生要集 念仏の功徳より
<解説>

 往生要集とは比叡山で修行をされ、日本で初めて念仏の功徳を説かれた恵心僧都源信が、お釈迦さまの説かれたお経から、念仏の功徳や地獄極楽の資料を集めて著された書物です。
 その書物の中で「一心に合掌し、一人の仏様に全てをお任せすることを約束し、口に南無阿弥陀仏とか南無観世音菩薩若しくは南無釈迦牟尼如来と唱えれば、この念仏の功徳が最上の福である。」と解き明かされたものです。
 私達はこの世で、死後の世で幸せを得たいと願がってはいますが、その為の厳しい修行をせよと言われると、「そこまでしなくても」と一歩引いてしまします。
 そんな凡人にでも出来る修行、凡夫のままで幸せになり、極楽往生する方法として「専心念仏—懸命に仏様のお名前を口に唱える事」を明かし、勧めてくださったのです。
 また、法華経と言うお経は「凡夫と仏には大きな差はない」と説き、清らかな心・温かな心を持った時が仏であり、嫉妬や怒り・貪りの心を持った時が凡夫なので、常に清らかな心を持つように努力すれば自然に仏になれるのだ。と解き明かしています。
 幸せになりたい、死後、極楽往生を願う方は是非一心に仏様に合掌し、観音様のお名前をお唱えしましょう。
 合掌・念仏の功徳で心を清浄にし、仏となって最高の福徳を手に入れてください。

6月の言葉

2019/06/01 12:00

6月の言葉

六月の言葉
勤め苦しんで、少しの物を手に入れて
それを全て修行者の集まりに布施し
怒る女房に「福を生じる田地に
種を植えてきた」
大智度論「布施による福」より
<解説>

 こんなお経があります。「一人の画師がおりました。隣の国の王の求めで12年間の長きにわたり絵を描き、30両の大金を手にし、家族が待つ国に帰ろうと旅をしていると、沢山の出家者の集まりに出くわした。画師は世話役に食事をどうしているのかと尋ねると、資金が乏しく困っているとのことだったので熱心な仏教徒である彼は持っていた30両の大金を僧侶の集団に布施し、良い心になって家に帰ってきた。女房は12年ぶりに帰ってきた主人に獲得した労賃を渡すように要求すると、画師は修行者の集まりに全額布施して来たと、答えたので立腹し、代官所に突き出し、罰するように訴えた。代官が画師に理由を尋ねると『私は前世で功徳を施さず、その為この世は貧しく困窮している。この世で福徳を植える好機に巡り会えたので全てを布施しました。これで我が家は次の世では福田に恵まれるでしょう』と話した。この話を聴いていた代官は『良い事をされた、この善の種は必ず後にあなたたち家族に大きな福をもたらすでしょう。』と褒め称え、自分が身につけていた宝石と名馬一頭と少しばかりの領地を与え、布施の功徳とはこのように大きなものだと、女房を諭した。」と物語っています。
 「己を忘れ他を利するは国の宝なり。」と言う言葉がありますが布施の功徳はこのお経のように大変大きいのだと知っておきたいものです。

5月の言葉

2019/05/01 12:00

5月の言葉

五月の言葉
この筏は私をこの岸に渡してくれた
大変役に立った筏である
だからこの筏を捨てることなく
肩に担いで持って行こう
パーリ中部経典より
<解説>

 令和元年を迎えました。この新しい時代を私たちは如何様に考え、暮らしていけば「平和で、平安な」社会を作ることが出来るのでしょうか。
 平成の30年間は残念ながら災害の多い時代でした。しかも、日本社会は停滞し、一流国から2流国に落ちる瀬戸際にいると言っても過言ではないような状態です。
 例えば日本のお家芸であった家電業界はその勢いをなくし、台湾や中国・韓国の後塵を拝しています。教育の分野でも、今まで後進国だと侮っていた国の大学が今では日本の大学より国際評価の高い国が続出し、我が国が誇る東京大学ですら、世界でやっと49番目の評価しか受けられないのが現状です。
 何が原因だったのか、正直よくわかりませんが、一つ言えることは昭和の時代の成功体験を捨てることができなかったのが一つの原因であったことは確かなのでは。
 お釈迦さまはどんなに役立った筏でも、肩に担いで旅をするとその筏のために体力を奪われ、新しい荷を背負えなくなってしまう。「正しいことでさえ執着すべきではなく、捨て離れなくてはならない。」と教えてくださっています。
 私たちは新しい時代を迎えた今こそ、何を護り、ないを捨て、何に執着してはならないのかを見極め、生き生きとし、しかも平安で平和な令和の時代を築き上げたいものです。

4月の言葉

2019/04/01 12:00

4月の言葉

四月の言葉
良く菩薩の道を歩み
世間の法に汚されず
地面より湧出した
汚水に汚されないように
従地湧出品より
<解説>

 お釈迦様のお誕生を祝福する4月「花祭り」を早くも迎えました。花祭りには誕生仏を安置し、その屋根は季節の花で飾りつけます、昔は蓮華が多かったのですが今は海外産の品種が多くなりましたね。
 さて、お悟りになったお釈迦様の「覚り」はどの様なものなのでしょうか? 答えは一つではなく、無数にあるのだと思いますがその一つは「蓮の花の様になりなさい。」と言う教えだと思います。
 法華経の従地湧出品に、「菩薩の道を必死に学び、ハスの花の様に世間の汚れた風潮に染まらず、清く、正しく立ち向かう心」を獲得しなさい、と解き明かされています。この心は仏様のお悟りの一部ではありますが、とても大切な部分です。
 私たち凡夫は「自分への愛」のために様々な欲望を起こし、執着し、怒り、妬み、慢心の心を起こします。そしてこの心が周囲の人の心や身体を傷つけ、自分自身の心を縛りつけて悲しみ、苦しみ、不幸を招いているのです。
 お釈迦様は「忘己利他(自分の為に求めるのではなく、他に与えること)」すなわち布施の行によって蓮の花の心を得る事が出来る、と解き明かして下さいました。
 私たちが信仰する観音様はこの布施行によって仏になろう(仏の悟りを獲得しよう)と修行を続けられる菩薩です。だから観音様は何時でも私たちの苦しみを取り除いて下さるのです。
 4月8日にはお釈迦様の御教えを感謝し、誕生仏に甘茶をかけ、観音様のように布施行に励むことをお誓い致しましょう。