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8月の言葉

2022/07/27 17:16

8月の言葉

すべて悪しきことをなさず
善いことを行い
自己の心を浄めること
これが諸の仏の教えである

中村元訳『ブッダの真理のことば 感興のことば』より
<解説>
   ご存知かもしれませんが、日本の仏教諸宗派すべてが重視する経典は無いに等しいと言っても過言ではありません。しかし、それでも諸宗派に共通する教えは何かと問われれば、今月あげている『法句経(ダンマパダ)』の一句になろうかと思います。
   「悪いことをせず、善いことをして、心を悪に染めないで浄らかにする」という、非常にシンプルとも言える教えです。ここで「悪いこと」や「善いこと」とは何かが問題となりますが、紙幅の関係上、「善いこと」を説明しましょう。
   在家・出家において程度の差こそあれ、仏教徒が守るべき基本的な戒めとして、「五戒(ごかい)」があります。その五つとは以下の通りです。
   ⒈生きものを殺さないこと
   ⒉盗みをしないこと
   ⒊性に関して乱れないこと
   ⒋嘘をつかないこと
   ⒌酒を飲まないこと
   戒めを守ることは、財産や人間関係、そして品性ある生活に役立つとされるばかりか、普段からの怒りや嫉妬などからも距離をとることができ、心穏やかな生活を送れると説かれます。
   最近の報道でも、これら五戒から逸脱する行為がたびたび見受けられます。報道での事件に限らず、五戒を守れないことにより、さまざまな人生の場面で悪影響がでてくることは容易に想像がつくと思います。
   いま改めて、生活の基本に五戒を据えてみてはいかがでしょうか。

7月の言葉

2022/06/30 16:02

7月の言葉

完き人の教えには
何ものかを弟子に隠すような
教師の握り拳は存在しない

中村元訳『ブッダ最後の旅』より
<解説>
   今月1日付けで第7代貫主を拝命した善曉と申します。拙寺興隆のため尽力してまいりますので、何卒倍旧のご支援を賜りますようお願い申し上げます。
   さて、初めての「今月のことば」となりますが、釈尊の最晩年について描かれた『涅槃経』から選びました。
   ある時、釈尊は病にかかってしまいます。その後、その病から回復しますが、釈尊に対して侍者の阿難が最後の説法を請います。「今月のことば」は、釈尊が阿難へ説かれた一部です。
   釈尊は「自分は自らの教えを誰にでも、隠すことなく説いてきた」ということを語っています。つまり「教師の握り拳」とは、師匠が教えを握り拳の中に秘めて人に伝えないことを意味します。
   当時の仏教を除いた諸宗教においては、特定の人間にしか教えを伝えない方が普通でした。インドでは教えの伝承が限定的・閉鎖的であるのが一般的であったにも拘わらず、釈尊はその常識を打ち破り、自らが覚ったこと(教え)を請う人々へ伝えてきたのです。
   釈尊の「慈悲の心」により、その教えがインドから中国・韓国を経て日本にまで伝えられてきました。お寺の基本は、仏(ほとけ)の教えを説くところ・聞くところであると信じています。これからもこの基本から外れることなく取り組んで参りますので、よろしくお願いいたします。

6月の言葉

2022/05/29 17:11

6月の言葉

人は信仰によって激流を渡り
精進によって海を渡る
勤勉によって苦しみを捨て
智慧によって清らかとなる

ブッダの言葉より
<解説>
   人生は「七転び八起き」、この世は「四苦八苦」と言われるように「幸せ」は束の間、直ぐに苦しみや悲しみが襲ってくる。
   若い時の苦悩は努力で切り開くことが出来るが、徐々に努力だけでは苦悶を取り除くことが出来なくなってくる。如何してもその困窮に耐える「勇気」と「安心感」を心に与えてくれるものが必要である。
   その難問に答えてくれるものが「信仰」であり、信仰は何ものにも動じぬ心の平安と勇気を与えてくれる。
   お釈迦さまはこのことを「信仰によって激流を渡る」と表現して信仰を持つことの功徳の大きさを示してくださっている。
   愚僧自身も観音信仰のお陰で75歳の今日まで何とか激流を渡ってくることが出来た。
   信仰によって奇跡が起きるとは言わないが、結果として奇跡が起きたのかと思える不思議な功徳を何度か経験した。そしてそうした経験の積み重ねの中で、切羽詰まった時「観音様にお願いすれば何とかして頂ける」との確信のようなものが生まれ、取り乱す事なく難題に対処する事が出来、結果として大難を小難で逃れることが出来て来た。
   心とは不思議なもので、恐怖感や不安感に囚われるとすべてのことに狼狽し、しなくても良い失敗を繰り返し、益々不幸を呼び込んでしまう。その反面、心が冷静で安心感を持ち続けていると、不思議に苦境を脱出する智慧が湧き、深みに陥らずに脱出することが出来る。
   信仰とは御仏の功徳を信じること。そして信じれば救われる、と古来から言い伝えられるように正に信仰の力は絶大である。
   益々信仰を深め、平安な日々を是非獲得して頂きたい。

5月の言葉

2022/04/29 17:21

5月の言葉

尊敬と謙譲と満足と感謝と
[適当な]時に教えを聞くこと
これがこよなき幸せである。

ブッダの言葉
 山陰中央新報社発刊「中村元慈しみの心」より
<解説>
 
   昨年の11月に本山で住職勤続50年の表彰を頂いた。思い返せば昭和45年の11月、師匠である貫主が壊疽の為寝たきりになり、代務を努めるため副住職を拝命したのが始まりであった。
   大学を出たばかりで右も左も解らぬ小僧が、壁に突き当たり、道に迷いながらの50年であった。
   その間、周囲に生意気な発言をし、不遜な態度をとった事は一度や2度では無かったと思うが、若いからとお許し頂き、根気よくご指導頂いた多くの諸先輩に只々感謝するのみである。
   生意気盛りの時、当時の天台座主山田恵諦猊下から「僧侶は三界の大導師と言われ、人を人と思わぬ僧が居るが、私は僧侶とは信徒の幸せを願い、その為に働く下僕である、と思っている。自分が偉いと思い違いしているから、意のままにならぬことに腹を立て、苛つくのであり、不満を抱えて他者を批判したくなるのだ。己の至らなさを確りと自覚せよ。他者の優れた面をじっくりと観察せよ。そうしたら自然に謙虚な心が育まれ、感謝の気持ちが湧いてくる筈だ。」と諭されたことがあった。
   最初は中々その様な気持ちになれなかったが、堂舎の修理を重ねる毎に力を貸してくださる方々・支えて下さる方々の生活、態度やお気持ちを知るにつれ、自然に尊敬と謙譲の心が芽生え、頭を下げることが出来るようになった。
   今思えば尊敬と感謝と謙譲の心を育むことが出来たことが、曲がりなりにも清水寺の貫主を勤め上げることが出来た最大の要因だと思っている。    今頭を下げることが出来ない人が増えている。是非今月の言葉を噛み締めてほしい。

4月の言葉

2022/03/31 13:01

4月の言葉

欲望は楽しみ少なく
苦しみ多く悩み多し
しかし、欲望以外に
楽しみ見出せず。

ゴータマ・ブッダ上(中村元著)より
<解説>
 
   今月の言葉はお釈迦様が後年シャカ族のマハーナーマに述懐された時の言葉だそうです。
   お釈迦さまは今月の言葉に続いて、しかし、私はついに欲望を超えるものを見出した。『もはや私は「欲望は楽しみ少ないものであり、苦しみ多く、悩み多く、そこには災い甚だしい」ことを正しい知恵によって見出した。しかも、欲望以外のところに、悪の事柄以外のところに、喜び楽しみを体験し、それよりも更に到着した。』と。
   当に人間釈迦の生の声を聞いたように思います。仏となられえたお釈迦さまも悟りを得られるまでは「欲望が私たちに不幸を招いていることは朧げに理解できていたが、然りとて欲望や悪事以外から喜びや満足を得ることが出来なかった。しかし、菩提樹の下で瞑想に入り、自分の心の中にある欲望や悪心、心の動きを深く観察していたら、欲望や悪心以外から喜びや楽しみを見出せることに気づき、欲望や誘惑に魅せられない自分を作り上げることが出来た。」と言い切られているのです。
   この悪心や欲望からの誘惑に完全に打ち勝った人を私達は「もつれた糸を解ける人、仏」と呼んでいるのです。
   今から2600年余前、現在のネパールでお生まれになったお釈迦様だけではなく、お釈迦さまのように心の誘惑に打ち勝った人は皆仏であり、この世に生を受けた人は誰でも仏になれるのです。
   私も皆さんも共に仏になれるようお釈迦さまの御教えを学び、心の誘惑に勝てるように精進致しましょう。

3月の言葉

2022/02/27 17:14

3月の言葉

喉の渇いた修行者に
村の娘は施した
水のおかげで今ここに
汲めども尽きぬ水を得た

スリランカの寓話より
<解説>
 
   スリランカのある村で、町中の人総出で豆の収穫作業をしていた。そこへ1人の修行者が水を求めてやってきた。この修行者の苦しそうな姿を見た1人の少女は気の毒に思い、収穫作業をしている人達が用意していた「水」を村人の許可も無く与えてしまった。
   休憩に入り水を飲もうとした村人達は水は少なくなっているのに気づき「誰が勝手に飲んだ」と騒ぎになった。すると先ほどの少女が「私が修行者に施しました。」と云うと、人々は口々にそれは奇特な事だが私達も喉がカラカラなので私達にも喉を潤す水を持って来てくれ、と詰め寄った。
   少女は自分が施した水のことを思いながら一心に畑っを見つめ、水の恵みを祈った。そうすると不思議なことに畑から大量の水が噴き出したので少女はその水を汲みに行き、自分自身も行水をしながら、清く美味しい水を瓶に汲み、村人の所に届けた。
   この水を飲んだ村人達は余りの美味しさに、再度の水汲みを求めたが娘は直ぐに水を汲んできた。辺りに湧水が見えない事を不審に思い、水の湧き場を尋ねると、少女が指差す所に湧水を誰も見ることが出来なかった。
   村人の求めに応じ、湧水が誰にも見えるようにと又一心に祈ると、不思議な事に誰の目にも見えるようになり、村人達はその不思議に感激し、その後は誰もが水の施しを積極的に行うようになり、その村は大きな町になっていつ迄も栄えたと伝えられている。
   修行僧に水を布施した少女はその後も善行を積み、天界に生まれ変わり、美しい庭のある宮殿で幸せに暮らしたとのこと。

2月の言葉

2022/01/29 18:25

2月の言葉

衰亡をきたさ無い為の
七つの法を説く
よく聞き
心にとどめなさい

ブッダ最後の旅(遊行経)より
<解説>
 
   お釈迦様は死を迎える準備のため、故郷への帰り支度をしておられる時、阿南尊者に近くにいる弟子を全員集めるように指示され「衰亡しないための7つの教え」をお説きになりました。その7つの教えとは
⒈ 未来の世を繁栄を信ずる心を持ち続けること。
⒉ ともすれば弱音を吐き、人を恨み、物事に執着する心を恥ずかしく思う心を持ち続けること。
⒊ 日頃の自分自身の言動が道理に反していないかを常に反省する心を失わないこと。
⒋ 広い知識を求め、よく見聞を広めること。
⒌ 目標を達成するために精一杯努力し、怠け心を常に戒め続けること。
⒍ 常に心の安定を意識し、心の乱れを押さえる事に腐心せよ。
⒎ 社会を見渡し、世の流れを的確に掴む知惠を育むこと。
と説き、この7つの法を身につければ末永く繁栄する事が出来ると示されたのです。でも繁栄の7つの法を身につけることは簡単なことではありません。
   しかし、お釈迦様の教えをよく学び、貪(欲望)瞋(怒り)痴(無知)と言われる三毒を確りと自覚し、仏様のご加護を願いながら日々生活するならば、知らず知らずの内にこの7つの法を会得して、意識しなくても繁栄の7つの法を持って生活できるようになると教えて下さっています。
   令和4年は是非この7つの法を身につけて幸せな1年をお過ごし下さい。

正月の言葉

2021/12/25 15:01

正月の言葉

他人の言葉を吟味する
知恵も持たずに簡単に
信ずる者は友達も
すぐに離れてしまうだろう

ジャータカ物語より
<解説>
 
   新年のお慶びを申し上げます。寅年となりましたが皆様のご多幸をお祈り申し上げます。
   さて、お釈迦様の前世物語「ジャータカ物語」に「仲の良い虎とライオン」と言う寓話があります。
   その寓話では大の仲良しである虎とライオンを仲違いさせようと考えた山犬はライオンとトラの処に行って、相手の悪口をいいふらしました。この悪口を聞いたライオンは「俺は親友のトラを信じるから、二人の間を離間させるようなことを言うな。今度来たら噛み殺すぞ。」と叱りました。一方山犬からライオンの悪行を聞いたトラは半信半疑でライオンの処へやって来て、「ライオン君、君は山犬が言うように本当に私を貶(けな)し、私を一撃で倒せると言ったのか?」と尋ねました。
   ライオンはその質問に「山犬は私の処へもやって来て、今君が言ったと同じ事を私に話してきた。私は君がそんなことを言うはずがないと信じているので、二度と来るなと叱っておいた。」と答え、続けて「勝手気ままで、だらしなく、友を疑い欠点を、探す輩(やから)は友じゃない 僅(わず)かな疑問も挟まずに、母に抱かれてすやすやと、眠る子どもの無心さは、壊すことなどできぬもの。そんな友こそ本当の友と呼ぶのに値する。」と話し、「後は君の判断に任せるよ。」と話したと言う物語です。
   貴方はどのような判断を下しますか。真の友を失わないようにしたいものです。

12月の言葉

2021/11/30 18:38

12月の言葉

羅睺羅よ
慚愧の心のない人は
妄語して心を覆うと
正法が心に入らない

「大智度論」より
<解説>
 
   羅睺羅(ラーフラ)とはお釈迦様の実子で密行第一、学習第一と讃えられ、釈尊の十大弟子に数えられたた高僧です。
   この羅睺羅が子供の頃、父釈尊を訪ねにきた人達に、釈尊が在宅中には「父は出かけて居ません」と嘘をつき、釈尊が不在の時に人が訪ねてくると「父は今在宅して居ますが、忙しくてお出会い出来ません」と答えていました。
   この行いを心配したお釈迦様の高弟がお釈迦様に羅睺羅の行動を伝えました。
   この話を聞かれたお釈迦様は羅睺羅を呼び「足を洗う澡盤を持ってきて、水を入れ、私の足を洗い清めなさい。」と命じられました。羅睺羅は言い付け通りに澡盤を用意し、父釈迦仏の足を洗いました。洗い終わったのを確認したお釈迦さまは「この澡盤をひっくり返しなさい。」と命じ、羅睺羅は指示通り水の入った澡盤をひっくり返しました。それを確認されたお釈迦さまは羅睺羅に「今捨てた水をもう一度澡盤の中に戻しなさい。」と指示されました。これまで素直に従っていた羅睺羅は辛抱できずに「一度捨てた水は澡盤には戻せない。」と答えました。
 これを聞かれたお釈迦さまは静かに「羅睺羅よ恥じる心を持たない人は、妄語して嘘で心を覆うてしまうと「正しい人の道」が心の中に入って来ないのは、一度捨てた水が盤に戻せないのと同じなんだよ。」と諭された逸話です。
 これ以後、羅睺羅は戒律を守る弟子第一と呼ばれるようになりました。

11月の言葉

2021/10/31 11:20

11月の言葉

山住みの冬の夕べの寂しさを
浮世の人は何と語らむ
空蝉(うつせみ)のもぬけの殻かこれほどに
知らぬ山路を問えど答へず

良寛の「法華讃」より
<解説>
 
   皆さんよくご存知の良寛和尚の「法華讃」と言う本が出版されました。この本は禅僧の良寛和尚が法華経を百二首の句でもって讃えられたものだそうです。
   禅僧の方が法華経をこれ程深く理解し、大切にしておられたのには驚きでした。そして、特に観音様への理解の深いのには敬服しました。
   今月の言葉の意味は「誰も観音様の居場所について案内してくれる人はいない。」と読んだ句だそうですが、併せて観音経の一節を折り込んで「真観清浄観 広大智慧観 悲観及慈観あるも 無観最も好観なり 為に報ず 途中未帰の客 観音は宝陀山に在さずと」とも記されているそうです。
   意味は「観音様は真実を見る目、清らかで汚れない目で世界を観察される。また、大変大きく広い智慧を持って世を観察し、慈悲に満ちたお心で衆生を見つめて下さっている。しかし、私たち凡夫には無観即ち何のこだわりも、執着も無く、無心に観察することが最も好い観察であろう。こうした目で世界を見渡したとき、観音様がお住みになると言われる補陀落浄土に行きたいと、必死にその場所を探している人に告げたい。観音様は補陀落浄土におられるのでは無く貴方自身の心の中に住んでおられるのですよと。」誠に素晴らしい観察です。私たちも外に観音様を求めるのでは無く、自分の心に中に住んでおられる観音様を確りと観察しましょう。

10月の言葉

2021/09/30 16:36

10月の言葉

瞋りを殺して安穏である
瞋りの心を殺して悔い無し
瞋りは毒の根本である
瞋りは一切の善を滅ぼし尽くす

大智度論より
<解説>
 
   早いもので秋の彼岸も過ぎ、早10月となりました。コロナ感染も収束の兆しが見え、皆さん11月からの自粛解禁を待ち望んでおられることでしょう。でもその期待が裏切られた時、皆さんはどのような行動をとるのでしょう。私達は自分が期待したことが実現できない時、言いようのない瞋り(いかり)に襲われ、言わなくてもよい悪口を口走り、取り返しの付かない行為に走ってしまうことが多々あります。
   特に現代人は怒りにまかせた行動をとりがちで、あんな良い人が・・と残念がられる事件が続発しています。
   今月の言葉はその瞋りを沈め、止むことの利益を説いています。
   ある日、帝釈天が「何ものを殺して安穏なのでしょう、何ものを殺して悔いが残らないのでしょうか、何ものが毒の根本であって一切の積善を飲み込み、消滅させてしまうのでしょうか」とお釈迦様にお尋ねした際のお言葉です。「殺す」という言葉遣いは些か不穏当ではありますが2500年ほど前の教えですのでご容赦下さい。
   瞋りは貪(とん)・痴(ち)と共に三毒と呼ばれ、私達凡夫はこの三つの煩悩のために、折角の人生を苦しく・幸少ないものにしているのです。お釈迦様はこの事を私達に示し、「三毒から離れる生活をしなさい。その為には欲望を慎み、正しい働きをする智慧を磨き、怒りを静めることに留意すれば求めなくても安楽が訪れ、幸福な人生が送れるのです。」と説いておられます。ご自分のお心を護り、御仏のご加護を頂戴して下さい。

9月の言葉

2021/08/31 16:36

9月の言葉

衆生は常に苦悩し
盲冥にして導師なく
苦の尽きる道を
識らず

法華経化城喩品より
<解説>
 
   はや秋の彼岸を迎える月となりました。もう皆さんもよくご存知のように彼岸とは仏の国、即ち浄仏国土に最も近づく時期という意味で、ご先祖さまのご供養をする時とされていますね。
   ではどうして毎年春秋の2回彼岸が訪れるのに、私たちは彼岸に行けないのでしょう。それは私たち自身が仏になると言うことの真の意味を考えようとしないからでは無いのでしょうか。
   化城喩品と言うお経でお釈迦様は「この不幸な人間はあらゆる苦悩に苛まれ、目を奪われたかのように正しい道に導く師を見付けられず、苦悩を終わらせる方法を知らず、苦悩を脱れるために精進もしない。禍悪は長きに亘って増大し、天上の衆さえも堕落に身を委ねる。」と嘆いておられます。
   では覚りとはどのような状態なのでしょう、このお経では「ブッダは一度瞑想に入ると姿勢は微動たりとも動かず、心は落ち着き、平安を保ち、動揺散乱することなく、苦しみに喘ぐ人々を救済したいとの願い(慈悲の心)を持ち続けられた。」と記されている。
   言い換えれば彼岸とは「慈しみの心」を涵養して、様々な欲望や執着、怒りや不安の為に苦しみを呼び込んでいる己を、平安の境地に到達させつことだと言えるでしょう。
   平安の境地に到達し、慈悲心を磨き続けられた仏様を畏敬し、仏様の教えを学び、仏様の境地に近づくように精進・稽古して行くことが彼岸に到達する秘訣なのです。

8月の言葉

2021/07/31 16:36

8月の言葉

心これ第一の怨なり
この怨、最も悪なり
この怨、能く人を縛って
閻魔の処に送る

往生要集より
<解説>
 
   新型コロナ感染でオリンピックも無観客開催となりましたが、皆様のご家庭でも感染対策の中、ご先祖さまの御供養も充分に出来なかったことと存じます。
   そんな中で今年も盂蘭盆がやってきました。盂蘭盆とは地獄の蓋が開き、如何なる所に転生したご先祖様も帰省される、と語り継がれて来た日本の儀礼です。
   このお盆の行事で一番大切なことは地獄、餓鬼道、畜生道の世界から帰ってこられるご先祖さまへのご供養で、悪道に堕ち塗炭の苦しみを受け続けておられるご先祖さまたち、年一回の休息の期間です。ご馳走を供え、お経を読んで手厚いご供養をしてあげて下さい。
   さて、8月の言葉は私たちに地獄へ堕ちないように、と警鐘を鳴らしている、往生要集という地獄の解説書に書かれている獄卒の叱責の言葉を取り上げました。
   地獄では鉄棒や刀等を持った獄卒が「お前達をこの地獄に堕としたのはお前たち自身の心だ、恨むなら己自身の心を恨め、この怨念が最も最悪であり、お前達の心を縛り付けて過ちを犯させ、最後は閻魔の世界に送り込んだのだ。」と亡者を叱責しながら虐め抜いているのだそうです。
   お盆にはご先祖さまをお迎えして手厚い供養をすると共に、あなた方自身が閻魔大王の招きを受けない為にも己の「心」を見つめ、仏様に、ご先祖様に手を合わせて欲望・執着・嫉妬等の汚れを洗い清める期間にして頂きたいと願っています。

7月の言葉

2021/06/30 17:54

7月の言葉

仏子である観世音菩薩は
如何して観世音と
名付けられたのですか

観音経より
<解説>
 
   多くの皆様に信仰いただきます観音様のお名前について、無尽意菩薩がお釈迦様にお尋ねした場面です。
   この質問にお釈迦様は「観世音は思議出来ないほどの長い期間、数え切れない程多くの仏に仕え、偉大な清願をおこし、海のように深い誓い(慈悲行)を持ち続け、あらゆる方向、場所に置いて人々の苦しみを取り除く働きをしてきた。即ち世の人々の苦しみの声を聞いて即座に救いの手を差し伸べるところから「観世音菩薩」を呼ばれるようになった。とお答えになり、更には観世音の名を聞き、その姿を見て、一心に観音の名を称えるならば、あらゆる苦しみ厄災が取り除かれるであろう。」とお答えになったのです。
   このお答えの中の「観音は数え切れないほどの多くの仏に仕え・・」と言う言葉を取り上げ、中村元先生は「仏はもともと人間でありながら人間の欠点を超えた方ですから、『おれに奉仕せよ』『他の仏に仕えてはならない』とか『他の神を拝んではならない』と言うのは宗教家のエゴイズムです。と明言しておられます。
   この言葉は私達観音様を信仰する者にとっては大変大きな意味をもっています。それは観音様は慈悲の行を続ける中で、拝む仏様が異なるからとか宗教、宗派が異なるからと一切の差別をされません。
私達はこの観音様の平等にお心を体し、いま世界で、日本でも、自分たちと異なる姿や異なる考え方を持つ人たちを虐め、差別し、誣告して除け者にしようとする機運が拡大してきました。
   このような機運に同調せず、私たち観音信者は一切の人々を差別せず、慈しみの心を持って、誰とも同じように接していきたいものです。

6月の言葉

2021/05/31 16:53

6月の言葉

思うに怒りは怒りに
よって鎮まらず
慈悲の怒りを鎮めるは
古今不変の法なり

憍賞彌本生物語より
<解説>
 
   私たち現代人は不本意な苦しみ、危害を加えられると、怒りの為にその首謀者や関係者を気が済むまで罰したいと願い、裁判等では被害者当人や家族は徹底して重い処罰を主張します。またマスコミや世間もそれが当然と考え、重い処罰を支持します。
   確かに危害を加えた者はその危害の程度に応じた罰を受けることは当然だと考えますが、加害者に対する怒りや憎しみは重い罰を課すことで本当に怒りや恨みが消散してしまうのでしょうか。
   お釈迦様は、怒りによって怒りは鎮静するのか?いや怒りによっては怒りや恨みは決して霧散しない。怒りにまかせた処罰が終われば怒りの持って行き場が無くなり、却って悶々とした心に悩まされるだけで怒りや恨みは解消しない。
   むしろ、昔から「罪を憎んで人を憎まず」との格言があるように、加害者の罪を犯すにいたった事情に心を推し量り、慈しみの心を持って加害者を許すことが真に怒りを鎮める方法である。そしてこの事は古今東西変わらぬ真理である、と教え示して下さっているのです。
   日本は古来よりこの考え方が強く「敵に塩を送る」行為が高く賞賛されてきました。
   利己主義の行き過ぎなのか、怒り、憎むことばかりが先行し、日本人が古来より守ってきた慈悲の心を忘れ去ってしまったように感じます。
   今一度、怒りや恨みは「慈しみの心」を以て解消するのが正しく、心の平安が得られる最良の方法だと自覚したいものです。

5月の言葉

2021/04/30 15:29

5月の言葉

皆で集まりて相談し
協力しながら行動し
共同して各々の勤めをはたす
そんな国には衰亡なし

ブッダ最後の旅より
<解説>
 
   ある時、マガダ国王は大臣に「大変繁栄しているバッジ国を如何しても打ち破りたい。武力や策略で息の根を止めてしまいたいが、霊鷲山に住んでおられるお釈迦様の下に行き、礼拝してご機嫌を伺い、バッジ国を攻め滅ぼしたいがと相談してこい」と申しつけました。
   指示された大臣は早速霊鷲山で教えを説いておられるお釈迦様のところに行き、礼拝してご機嫌を伺い「国王からバッジ国を攻め破る方法を教わるように指示されやってきました」と申し述べると、大臣の話を聞いておられたお釈迦様は側に仕えていた弟子の阿難に「お前はバッジ国の人々が皆で寄り集まって計画を話し合い、その計画実現へ向けて力を合わせ、共に自分達がすべき仕事を忠実に務めている、と言う話を聞いたことがあるか?」と尋ねられると「阿難は確かに聞きました」と答えました。
   また続いて釈尊は阿難に「バッジ国の人々は老人や婦女子、子供を大切に護り、暴力を加えることなく、また老人の知恵を素直に聞く態度を失わないと聞いたことがあるか」と問われると阿難は「確かに聞いたことがあります」と答えました。
   お釈迦様は阿難に「皆が集まって協議し、力を合わせて国作りをし、弱いものには慈悲の心で接し、老人の経験を大切にする国には衰亡はない。この事を確り覚えておけ」と説き示されました。
   この二人の会話を聞いていた大臣は、釈尊に礼を述べ即刻国に帰って王に「お釈迦様はバッチ国を破ることは出来ないとお示しになりました」と報告し、王は征服を諦めたと言うお経があります。

4月の言葉

2021/03/31 17:17

4月の言葉

無比の宝である
かの菩薩は
人間世界に
生まれたもうた。

スッタニパータより
<解説>
 
   4月8日は降誕会、お釈迦様のお誕生をお祝いする日です。この日は色取り取りの花で飾ったお堂の中に誕生仏を安置し、誕生仏に甘茶を掛けると共に私達もその甘茶を頂戴してお徳にあやかろうとするお祭りです。
   お釈迦様はルンビニ園でお生まれになりました。お釈迦様がお生まれになると天地は振動し、一面に美しい花が咲き誇り、空からは甘露の雨が降り注ぎ、またお釈迦様は生まれるや三歩歩いて右手を上に、左手を下に指し示して天上天下唯我独尊と発しられたと言い伝えられています。この奇瑞から降誕会ではお堂を色取り取りの花で飾り、誕生仏をお祭りし、甘茶をかけてお祝いするようになりました。
   さて、こうしてお生まれになったお釈迦様ですが、生母の摩耶夫人は産後の肥立ちが悪く、直ぐにお亡くなりになりました。そうしたことが原因なのかお釈迦様は寂しがりやで、常にもの思いに耽り、「生老病死」の様々な苦悩を受け続けていることを悩み、その苦悩から脱出する術を得たいとお城を飛び出され、苦悩の中でも常に善を追い求められた末にたどり着かれた結果が「さとり」と呼ばれる境地です。
   お釈迦様は「世界は美しいもの、人間の命は甘美なものだ。」と話しておられますが、覚りとはこの境地に辿り着くことではないのでしょうか。
   今月の言葉はお釈迦様が将来この境地「覚り」に到達し、その境地を私達に示して下さるだろう、との預言であり、期待の言葉です。
   私達もお釈迦様の境地に近づけるよう善行を積み重ねましょう。

3月の言葉

2021/02/27 18:07

3月の言葉

心の外にあると
覚ゆる相は
色も心も有も無も
皆悉く実の法に有らず

法相二巻抄より
<解説>
 
   春彼岸の月となりました。彼岸とは覚りの岸と言う意味で、彼岸は私達が覚りの岸に一番近づく日とされていますが、現実には中々覚りに近づけません。
   ではその覚りとはどのような状態を言うのでしょう。
   お釈迦様は諸法は心を離れては存在しない。と言っておられますが意味は「この世に存在すると思っている一切の事物は心がつくりだし、描きだしている物で、心が無くては存在しない。」即ち一切の者は自分の心がつくる、と教えて下さっているのです。
   言い換えれば、この世の物一切は自分の心がつくり出した物で、この世に実在する物は何一つない、と自覚すること。その自覚が出来た時が覚りであり、彼岸に到着した時なのです。
   般若心経で「照見五蘊皆空 色即是空 空即是色 無色無受想行色」と解かれる「空」を理解した時が覚りなのです。
   こう書くと私達凡夫は到底覚りに到達出来そうには有りませんが、お釈迦様はそんなに難しく考えなくても、畏れなくても誰もが覚りに近づけるのだよ、とも解き明かして下さいます。
   一切の欲望も、一切の執着も、一切の不安恐怖も怒りも自分の心がつくり出した物だから、その欲望・恐怖・怒りへの執着を取り除くために「己を忘れ、他の人々の幸せを祈り、慈しみの心を育てるならば心の中に自然に空の教えが浸透し、覚りに近づく事が出来るのです。  観音様も真の覚りを得るために慈悲行に励んでおられます。私達も慈悲の行に邁進しましょう。

2月の言葉

2021/01/31 18:32

2月の言葉

涅槃に入るとは
実の滅度に非ず
便ち、唱えて
正に滅度を取るべし

法華玄義より
<解説>
 
   二月十五日は涅槃会です。お釈迦様の寿命が尽き、お亡くなりになった日で涅槃されたと言っています。しかし、今月の言葉は「お釈迦様の涅槃は私達凡夫に命には限りあり、仏といえども滅度される。と言うことを教え示されたもので、実際は、仏様は滅尽されたのでは無く、私達の側に存在し、常に教えを示し、導いて下さっている。」のだと言うことを強調しているのです。
   天台智者大師は法華玄義という書物を著し、仏の寿命は永遠であり、仏が説かれた教えも又永遠である。と主張され、私達に「お釈迦様はお姿こそこの世から消されたが、実際には常にこの娑婆世界に存在され、常に私達に寄り添い、様々な事象を通して教えを示し、慈しみのお心を持って悩み苦しむ私達を救い、導いて下さっているのだ。だから、不滅の寿命を信じ、仏様の見守りとお導き、救済を信じて御仏の御心にかなう生活をしなさい。と教えて下さっているのです。
   私達は涅槃会では梵網経を読み、常にお釈迦様がお示しになった規範を護ります、とお誓いをしています。
   例えば、悪事を行いません。他の人を傷つけません。他人のものを盗みません。嘘をつきません。等々をお誓いしているのです。
   仏様を、観音様を信仰する皆さんも是非お釈迦様に、阿弥陀様に、観音様に「他の人を傷つけません。他人の物を欲しがりません。嘘をつきません。正しい生活をします。」とお誓い下さい。
   誓いを聞かれた御仏は大変お喜びになり、大きな功徳を授けて下さるでしょう。

正月の言葉

2020/12/28 19:23

正月の言葉

私が求めるのは土台ではない
1階でも2階でもない
3階の高楼だけだ。早く作れ。

百喩経より
<解説>
 
   ある国に大変な富豪が居ました。彼は強い羨ましがりやでした。ある日友人のそれは美しい高層の家に招かれました。その家の余りの美しさに驚くと共に羨ましくてたまりません。早速家に帰ると出入りの大工を呼び付け、世界で一番美しい高層の楼閣を造るように命じました。
   大工の頭領は承知して、早速高層の楼閣が耐える基礎造に取り掛かり、基礎が出来るのを待って1階から順番に2階、3階と造り上げていく計画を立て、施主である大富豪のところへ説明に行きました。そうすると、大富豪は「私が欲しいのは1階や2階ではない、華麗な3階だけが欲しいのだ、直ちに造れ」と命じた。と言う寓話があります。
   これに似た話、近年どこかの国で聞いたことありませんか。コロナの感染者が増えると、直ぐに1000人分のベットを確保するとか、生活が苦しくなったからと、速効で十万円を配るのでインターネットで申し込みなさい。と国民に勧めながら実際は市町村の窓口がデジタル化されておらず手作業よりも多くの時間を要した。という笑い話のような事がありました。
   でもこの愚かな行為をただ笑ってだけ居てはいけません。何故なら私達自身が常日頃、同じような過ちを繰り返しているからです。
   新しい年を迎えました、今年こそは私達の仕事、生活様式、近隣・職場の人たちとの付き合い方等々、もう一度基本から見直し、基礎からやり直そうではありませんか。
   基本に忠実で、コツコツと一から積み上げていく地道な努力が、早くはないが私達を平安で幸せな生活に誘ってくれます。